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第37話 月影遊園地への道

願いは笑顔の形をしていた。でもその裏側には、誰にも見せたくない涙が貼りついていた。シャッターを切るたびに思う。本当に写し残したいのは、どっちなのかって。


「月影遊園地は、この先五キロほどだ」


クロが言った。朽葉温泉旅館を出て半日、二人は山道を下り、森の中の小道を進んでいた。夕暮れが近づき、空が紫がかってきている。葉の間から漏れる光が斑模様を地面に描き、風に揺れる影が踊るように見えた。空気は少し湿り気を帯び、山の夕べの匂いが鼻をくすぐる。


「ずいぶん急ぐのね」


ルカは少し息を切らしていた。声の欠片を胸ポケットに入れ、その重みを感じながら歩く。時折、欠片が脈打つように感じられ、チヨの囁き声が耳元をかすめる錯覚がした。「霧見の山で待ってる」という言葉が、かすかに聞こえたような気がする。


ポケットの欠片に触れると、冷たく固いはずの結晶から、不思議と温かみが伝わってくる。それはまるで、姉の体温のようでもあった。その感触に、また両親との最後の会話を失った痛みが胸に広がる。代償は予想以上に重かった。欠落した記憶の影が、時折心に鋭い痛みをもたらす。


「月相が重要だ。今夜は上弦の月。メリーゴーランドが動くには、ちょうどいい」


クロの声には切迫感があり、右目の紋様が青く明滅していた。その光が面の下の表情を浮かび上がらせ、どこか懐かしむような瞳が一瞬見えた気がした。


「動く? 廃墟なのに?」


「写し世の力が強い場所だ。昔のままの姿が、夜になると現れる」


クロは立ち止まり、上空を見上げた。その仕草には儀式的な厳粛さがあった。紫がかった空に、うっすらと月が顔を出し始めていた。


「ただし、それは単なる幻影ではない。写し世に残された記憶が強いと、『時の狭間』が生まれる。時間の流れが一時的に逆転し、物理的にも干渉する現象だ」


クロの説明は客観的だったが、その声には微かな感情の揺らぎがあった。何かを思い出しているかのように、遠くを見る目が月に吸い込まれていく。


「月影遊園地は特別な場所だ。時の狭間が最も浅い地点の一つ」


「時の狭間?」ルカは立ち止まり、その言葉を反芻した。


「写し世の中心で時間が歪む領域だ」クロは静かに説明した。「本当の写し世よりも実体に近い。過去と現在が重なる特殊な時間帯だ。ただし、月の力が弱まれば元の姿に戻る。最長でも夜明けまでだ」


ルカは黙って歩き続けた。朽葉温泉旅館で起きたことが、まだ頭の中で整理できていない。チヨの声を取り戻し、両親との最後の会話を失った代償。それは予想以上に重かった。失われた記憶の空白が、時折心に鋭い痛みをもたらす。

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