第28話 朽葉温泉旅館へ
「彼女はいったい何を...」
ルカの言葉を遮るように、クロが言った。
「行かねばならない。最初の廃墟へ」
彼の声には決意が滲んでいた。
「えっ、今?」
「月の満ち欠けを見るんだ。新月まであと10日。その前に、少なくとも二つは欠片を手に入れたい」
クロの右目の紋様が青く瞬き、室内の空気が一瞬揺らいだ。光が壁を照らし、影が二重に重なった。青緑の渦が一瞬だけ彼を包み、その影に九つの尾が浮かび上がる。
「でも、まだ準備が...」
「必要なものだけ持っていけ。写真機と、その封筒だ」
ルカは躊躇った。静江の警告、解けかけた記憶、そして姉の封筒。全てが彼女の中で整理できていなかった。それでも、前に進まなければという気持ちは強くなっていた。
「まず、朽葉温泉旅館に行く。『声の欠片』がそこにある」
クロの言葉に、ルカは胸の内に響くものを感じた。まるで既に知っていたかのように、その名前が心に沁みた。「朽葉温泉旅館」——その名前を聞くと、温泉の香りとチヨの笑い声が微かに記憶の中で蘇った。「朽葉温泉で強い記憶が…」というチヨの日記の断片が脳裏を横切る。この場所には彼女との思い出があるはずだ。
「欠片...使ったら、私は何かを忘れる」
「そうだ。だが、チヨの声を思い出せる。それに値する記憶はあるか?」
「欠片はすべて揃えると何が起きるの?」
「封印の真相が明らかになる。チヨが何を守り、何を犠牲にしたのか。そして...」
クロは言葉を切った。その目が一瞬、窓の外の霧を見つめる。右目の紋様が不安定に明滅し、面の下から一瞬見えた表情には、痛みと決意が浮かんでいた。
「チヨとの約束...?」




