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第27話 影写りの粉

「それともう一つ」


静江は懐から小さな布袋を取り出した。桜色の絹で作られた袋には、金糸で何かの印が縫い取られていた。


「これは影写りの粉。写祓の儀式に使う特別な粉だ。チヨが作った最後のもの」


袋を手に取ると、不思議と温かみを感じた。中には銀色の粉が入っていた。写し世の存在がより鮮明に写せるよう、古くから影写りの巫女が使用してきた儀式の道具だった。


「どう使うんですか?」


「強い感情や記憶が渦巻く場所で、霧の中に撒くのだ。写し世の痕跡が濃ければ濃いほど、効果は高まる」静江は説明した。「だが、使うのは危険も伴う。撒いた者自身の記憶も揺さぶられるからな」


「私の記憶も?」


「そう。だから安易に使ってはならない。時が来たら、本能が教えてくれるだろう」


静江の指が震え、その細い手がルカの手を握った。老婆の手は冷たく、しかし力強かった。


「チヨは言っていた。『ルカは強い。だから、きっと正しい選択ができる』とね」


「選択…」


「全てを思い出すか、忘れたままでいるか。あるいは…」


老婆は言葉を切り、立ち上がり、帰り支度を始めた。窓の外で風が強まり、木々の軋む音が室内に響いた。写し世が揺れている証拠。彼女の左足の影が、一瞬歪み、背の高い尖った耳を持つ生き物のように見えた。老婆も写し世とどこかで繋がっているのかもしれない。


「私はもう神社に戻る。年寄りは長く家を空けられないのでね」


玄関で、彼女は最後にルカを振り返った。その目には、深い知恵と記憶の重みが宿っていた。


「ルカ、一つだけ覚えておいで。チヨはね、お前のことを何より大切に思っていた。だから...彼女を裏切らないでおくれ」


そして老婆は去っていった。背中が小さく見えた。風に吹かれる白髪が、銀の霧のように揺れていた。

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