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第21話 写真館への帰路

写真立ての中の笑顔は、いつからか知らない顔になっていた。私の記憶が間違っているのか、それとも——世界の方が、私から奪っていったのか。


写真館に戻る道すがら、ルカはほとんど言葉を発さなかった。クロも同様に黙したまま、わずかに前を歩いている。二人の間に漂う沈黙は、重く、それでいて脆かった。


「チヨ...」


その名前を声に出すと、唇が微かに震えた。まるで長い間使っていなかった筋肉を動かすように、ぎこちなさがある。隣を歩くクロの肩が、一瞬こわばるのが見えた。紋様が光を放つように見え、面の下の表情が凍りついたような緊張感がルカに伝わってきた。


「思い出すのか?」


クロの声には、期待と恐れが混ざり合っていた。これまでの冷静さが揺らぎ、他人の記憶を扱う者特有の慎重さが垣間見える。


「断片的に...でも、まだ霧の中を見るみたい」


ルカは額を押さえ、こめかみが脈打つような感覚に眉をひそめた。「夏祭りの…提灯の灯り、神社の石段…誰かの笑い声」フラッシュバックが断片的に浮かんでは消える。遠くから時間の軋むような低音が聞こえ、彼女の耳を震わせた。


写し世の記憶が現実を揺らがせ始めると、まず音が変わる。そして色が。ルカの周囲で、わずかに色彩が反転した。彼女の黒いコートが灰色に見え、道端の赤い椿が青みがかって見える。うっすらと写し世の現象が彼女の現実に干渉していた。


霧梁県の朝霧が晴れ始めると、ハシヅメ写真館の屋根が見えてきた。黒い瓦屋根に、古い煉瓦造りの煙突。明治期に建てられた西洋館風の建物は、周囲の和風の家屋と不釣り合いに見えた。


「この場所も、本当は覚えているはずだ」


クロは写真館の前で立ち止まった。その右目の紋様が青く瞬き、一瞬、面の下から別の声が漏れ出たように聞こえた。


「ここは橋爪家が代々受け継いできた写真館。だがそれ以前は——」


「影写りの館だった」


ルカは思わず口にしていた。その言葉はどこからきたのか、自分でも分からない。声に出した瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。


「そうだ。静江が話したのか?」


「いいえ、ただ...知っていた気がする」


クロは小さく頷いた。彼の紋様が再び明滅し、光に反応するように周囲の霧がわずかに渦を巻いた。彼の周りで霧が濃くなっているのは、ルカにも気になっていた。日に日に霧の異常が強まっているように感じられた。クロの存在が霧を刺激しているのか、それとも写し世からの警告なのか。


玄関の鍵を開けると、チクワが迎えに来た。猫はルカを見ると安心したように鳴き、しかしクロを見た途端、毛を逆立てて低く唸った。その金色の瞳には、恐怖よりも認識の光があった。まるでクロの中に見覚えのあるものを見つけたかのように。


「静かに、チクワ。彼は...敵じゃないと思う」


ルカ自身、まだクロを完全には信用していなかった。しかし、この先へ進むには彼の力が必要だと感じていた。チクワは猫とは思えないほど理解力があるように、唸るのをやめ、しかし警戒心は解かずに二人を見つめていた。金色の瞳が月の光を受けて鋭く輝き、まるでチヨの気配を追うように、クロの足跡を見つめた。

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