表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/119

第2話 記憶を刻む時計

「なんでだろう…」


不意に両親の葬送曲が脳裏に響き、彼女は目を強く閉じた。姉の声—『ルカ、忘れないで』—が耳の奥で響き、彼女の指が震えた。「感じると、痛いから…」感情を抑える癖が、孤独な夜を耐える術だった。写祓の度に記憶の欠片が削れていく恐怖から自分を守る、唯一の方法。


懐中時計の針は七時四十二分で止まったまま。ルカは深呼吸し、時計を引き出しに戻した。


「在庫、ちゃんとあるね。忙しくなるかな、チクワ?」


窓際に座る黒と白のハチワレ猫、チクワが首を傾げる。白い毛が月光で淡く光る。猫の金色の瞳が一瞬、不自然に青く輝いた。その瞳は魂の光を映し、写し世の揺らぎを感知する能力を持っていた。夢写師の家系に代々仕えてきた守り手のような存在。


「ねえ、お前、いつも何か知ってる顔してるよね。霧の向こう、教えてよ?」


チクワは答えず、鏡を一瞥。一瞬、影が揺れた気がした。猫は低く唸り、壁の一点——二階への階段の先を見つめた。ルカには見えない何かを見ているようだった。チクワの金色の瞳が月光に一瞬青く輝き、そのまま視線を階段に固定した。


「二階?何かあるの?」


ルカは階段を見上げた。使っていない部屋があるはずだ。なぜか足が向かない場所。記憶が欠けている感覚。「変ね…」彼女は頭を振り、厨房へ向かった。


「動かないと、頭がぐるぐるする。動こう、ね」


彼女の声は小さく、霧に溶ける。遠くから時間の軋むような音が微かに届き、彼女の耳を震わせた。それは写し世と現世が交差する時、発せられる特有の音色だった。普通の人間には聞こえないが、夢写師の血を引くルカには、その余韻が痛いほど響く。


鍋で唐辛子の煮込みが煮える。赤い湯気が鼻を刺す。


「うわ、辛っ! でも、これで頭が静かになるんだよね。甘いもの? うーん、なんか気持ちがふわっとしちゃいそう」


ルカはスプーンを握り、一口。


「…悪くないけど、もうちょい辛くてもいいかな?」


食事を終え、彼女は二階の自室へ向かう。階段を上がりながら、廊下の突き当たりにある閉ざされた部屋の前で足が止まる。手が勝手にドアノブに伸びかけ、彼女は慌てて引っ込めた。


「なんで…」


チクワが彼女の足元に現れ、閉ざされた部屋の前で座り込んだ。まるで待っているかのように。その金色の瞳は月の光を受けて鋭く輝き、ドアの隙間から漏れる見えない何かを追っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ