第19話 クロとの再会
神社を出ると、空気が変わった。霧が濃くなり、世界の輪郭がぼやける。ルカが鳥居に近づくと、予告通りクロが立っていた。
鳥居の下で待つ彼の周りには、わずかに青緑の霧が渦巻いていた。霧に触れると、時間の流れが変わったように感じる——過去と現在が重なり、音が反響し、色が反転する。写し世の干渉だ。クロの足元の影が伸び、一瞬だけ九つの尾のように見えた。
「話は聞いたか」
青緑色の狐の面は相変わらず表情を隠している。しかし、その声には微かな緊張が滲んでいた。どこか懐かしさを感じる二重音の響き。
「ええ」ルカは答えた。「でも全部は信じられません」
クロは小さく息をついた。狐の面の下で、一瞬だけ表情が揺れたように見えた。
「当然だ。七年もの間、記憶を奪われていたのだから」
彼の右目の紋様が青く瞬き、その光が霧に映える。ルカはクロをじっと見つめた。男の姿に、どこか懐かしさを感じる自分に戸惑った。
「姉が…チヨが本当にいたなら、私はもっと…」
言葉に詰まるルカを、クロはじっと見つめた。その目に、理解と共感が浮かんでいるように見えた。
■声の欠片
「力ずくで思い出させることもできる」クロは静かに言った。「だが危険だ。少しずつ、かつての記憶を辿るべきだろう」
「どうすれば?」
クロは鳥居に寄りかかり、遠くを見つめた。そこにはかつての記憶の風景でも見えるのだろうか。風が彼のコートを揺らし、一瞬、その輪郭が霧と溶け合うように見えた。現世と写し世の間で揺れ動く存在——それがクロの正体なのかもしれない。
「まずは写真館に戻れ。そこにはまだ、チヨの痕跡が残っているはずだ」
ルカは頷いた。混乱していたが、行動することでこの状況を理解できるかもしれない。
「二階の使っていない部屋に、チヨの荷物はまだあるだろう」クロは続けた。「彼女の物に触れれば、封印された記憶の一部が戻るかもしれない」
「あなたは…チヨのことを知っているのですね」
クロの右目の紋様が強く脈打った。彼は一瞬、言葉を失ったように見えた。風が彼のコートを揺らし、一瞬青緑の光が彼の体を包んだ。
「チヨの封印が、俺を呼ぶ」彼はようやく言葉を絞り出した。「彼女の光を…取り戻したい」
その声には、ルカの知らない深い感情が込められていた。悲しみ、後悔、そして希望のような。その感情の揺れは、写し世の霧をより濃くさせた。クロの周囲で霧が渦を巻き、通常では見えないはずの青緑の光が霧粒に反射して、幻想的な光景を作り出す。クロの足元の影が瞬間的に九つに分かれ、尾のように揺れた。