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第116話 新しい始まり

すべての写真には、撮影された時間が刻まれる。けれど、その写真が語る物語は、その瞬間だけでは終わらない。光と影が交わる一枚の写真は、過去への窓であり、未来への扉でもある。そして時に、何度も見返す写真の中に、自分自身の成長を見出すことができる。


久遠木の朝は、いつも霧で始まる。


鈴蘭が咲き誇る五月の朝、ハシヅメ写真館の裏庭に、ルカは一人で立っていた。早朝の光が霧を透かし、彼女の金色の瞳を優しく照らしている。白い小袖の袖口が風にわずかに揺れる。花々の間から、父が好んだ鳥の囀りが聞こえてくる。鈴蘭の甘い香りと湿った土の匂いが混ざり合い、彼女の感覚を目覚めさせる。


「準備はできた?」


振り返ると、蓮が立っていた。白いシャツに黒のベストという、今では馴染みとなった姿。彼の手には古いカメラが握られている。結婚を機に風見から橋爪の姓を継いだ蓮は、ルカと共に写真館の新たな歴史を刻んでいた。


「ええ」


二人は並んで歩き始めた。裏庭から続く小道を抜け、影向稲荷への近道を行く。チクワも彼らに付き従い、時折前を走って草むらの様子を確かめては戻ってくる。猫の白黒の毛並みは朝の光を受けて青く輝き、かつてないほど生き生きとしていた。チクワの金色の瞳が、写し世の気配を察知するかのように、時折強く光る。


「彼女たち、今日は来ないの?」ルカが尋ねた。


「朝の儀式には参加せず、自分たちの時間を過ごしているみたいだよ」蓮が笑いながら答える。「子育ては大変だからね」


数ヶ月前、チクワは裏山で一匹の白い母猫と三匹の子猫を連れて帰ってきた。写し世の気配を感じるその猫たちは、チクワが選んだ家族だった。特に白猫のユキは、チクワとはまるで昔からの仲間のように寄り添い、子猫たちも今では写真館の人気者となっていた。金色の瞳を持つ子猫のひとりは、すでに写し世の存在を見る力を示し始めていた。「チクワの子猫たちは町の記憶を守る新たな絆になるだろう」とクロミカゲは言っていた。次の世代の写し世の守護者として、チクワの遺志を継ぐ準備をしているようだった。


「チクワが家族を見つけたとき、私たちより先に親になるなんて思わなかったわ」ルカが優しく微笑んだ。


「そうだね」蓮も笑顔で答えた。「でも、いい予行練習になっているよ」


彼らは互いを見つめ、言葉にならないものを共有した。二人が子どもを持つことを考え始めているという事実は、ごく親しい人々にだけ伝えていた。「科学では測れない命だけど、ルカとなら…」と蓮はよく言っていた。科学と神秘を子に伝える夢を抱きながら。


「でも、あなたの祖父のように、子供が科学と写し世の狭間で苦しむことはないの?」ルカは時折そんな疑問を口にすることがあった。


「僕の祖父は記憶の海に溺れたけれど、それは彼が一人で探求を続けたからだ」蓮は穏やかに答えた。「僕たちは違う。二人で支え合えば、子供もきっと両方の世界の良さを知ることができる」


「今日は特別な日ね」


「ええ、とても」


久遠木に戻ってから二年。ルカと蓮は共に写真館を営み、人々の記憶に寄り添い続けてきた。彼らは「魂写真館」と名前を変え、人と記憶の魂を写す場所という意味を込めたのだ。そして今日は、彼らにとって特別な意味を持つ日だった。

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