第十五話 頼み事
ホオズキたちは足音を静かに鳴らしながら、二人に近づいていった。
ショウシンは気づいているのかいないのか、ホームの端から動こうとせず、血のような赤黒い液体が染み付いた線路をじっと見つめている。風が吹き抜けるたびに彼女の細い髪がふわりと揺れ、どこかこの世のものではないような雰囲気を纏っていた。
「ショウシン……?」
リムがそっと呼びかけると、ショウシンの肩がびくりと揺れた。そして、ゆっくりとこちらを向く。
その瞳は虚ろで、何かを見つめているようで、何も見ていない。彼女の顔には細かい火傷がいくつも残り、そのどれもが儚く、けれど確かに存在していた。
「……来たの?」
ぽつりと、ショウシンが呟く。声は風に溶けるようにか細く、消え入りそうだった。
「来たよ。エストを助けたいんだ。一緒に来てくれないか?」
シタキリが一歩前に出て言うと、ショウシンはしばらく黙ってから、ゆっくりと目を伏せた。
「……エスト……? 女王様がこの前、連れてきた子……?」
「そう。その子が今、多分危ない場所にいるの。誰かが助けに行かないといけない。でも、あたしたちの力じゃ足りない。カダーヴェレ全員が必要なんだ」
ホオズキが言葉を繋ぐ。ショウシンは静かにその言葉を受け止め、ホームの端で風に吹かれながら小さく呟いた。
「……あの子、ずっと、不安そうな目をしていた。でも、わたしとは違う……生きてる、感じがした」
「だからこそ、助けたいんだ」
ホオズキの声に力がこもる。その熱に、ショウシンはふらりと立ち上がると、目を伏せたまま言った。
「……1つ、頼みを聞いて欲しい」
それを聞いて、ホオズキはわずかに目を細めた。
「良いぞ。言ってみろ。」
「……私の……私のペンダントをさがして」
ホオズキはほんの一瞬、目を伏せた。
それは、迷いではない。
彼女の中で、何かが過去の記憶を撫でるように蠢いたのだ。
「……わかった。どこで失くした?」
ショウシンはほんの僅か、唇を噛む。
答えを出すには、少しだけ勇気がいる。けれど、今、この場にいる誰かならきっと分かってくれる。そう信じて、言葉を紡ぐ。
「……この駅じゃない……むこうとこっちの間の駅の、先。わたしがまだ、“まとも”だった頃に落とした」
その言葉を聞いて、シタキリが顔をしかめた。
「やみ駅か……確か、あの辺って……“穴”があるんじゃなかったか?あの地域に続く、奇妙な空洞」
「そう。だから自分は、行けない。あそこは、私にとって……地獄だったから」
ニュウスイがショウシンの腕をそっと握った。
「一緒に行く。私も、見たことある。あの“穴”……ずっと下から、誰かが見てた」
「……気味の悪い話」
リスカがぼそっと呟いたが、その声には怒気や拒絶ではなく、どこか覚悟のような響きがあった。
ホオズキはひとつ頷いてから、背を向ける。
「行こう。エストを助けるには、全部を整えなきゃいけない。カダーヴェレ全員を集めて、バラバラになった“終わり”を揃える。お前のペンダントも、その一つだ」
ショウシンの目がわずかに開いた。その瞳には、わずかに光が宿っていた。
「……ありがとう、ホオズキ」
「礼はいい。どうせ全員連れてくつもりだった」
そう言ったホオズキの口元に、かすかに笑みが浮かんだ。けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐにまた、真剣な眼差しに戻っていた。
「さて。今揃ってるのは、ヤク、リスカ、ショウシン、ニュウスイ、シタキリ……私が知っている限り残るは四人」
「……カンデン、トビオリ、バラバラ、イキウメ」
リムが呟いた。ホオズキはゆっくりと頷く。シタキリが小さく鼻で笑った。
「で、次はどうする?私たち全員連れてペンダントを探しに行く?」
「……いいや。私たちだけで行く。多すぎると誰かどっか行きそうだし……」
「まるで保護者だね〜。」
ヤクが肩をすくめて言ったが、誰もそれを茶化さなかった。彼らの間には、言葉より深いものが流れていた。
――それは、かつて一度は“壊れた”家族のようなもの。
それでも、もう一度繋がろうとする意志だけが、彼らを動かしていた。
「よし、まずは三番線。ペンダントを取り戻したら、カンデンのとこに向かう。あいつが一番厄介だ」
「厄介って、どういう意味で?」
リムの問いに、ホオズキはぽつりと答えた。
「……あいつは避雷針だ。何度も私たちを雷から守って、頭をやられてる。もしかしたら……全部忘れてるかもしれない」
その場の空気が一瞬、止まる。
誰もがそれぞれの胸の奥で、その言葉を受け止めていた。
「忘れられてても、関係ないよ。取り戻すだけ」
リスカが静かに、でも強く言った。
ホオズキは、その言葉に応じるように一歩を踏み出す。
「……行こうリム。カダーヴェレを揃えるんだ。エストのために。そして……あたしたち自身のために」