第十四話 ムカつく!
夜の闇に沈黙が戻る。ホオズキはしばらくじっとしていたが、やがて
「やっぱあいつ嫌いだ!」
と叫びながら、思い切り地団駄を踏んだ。
ドンッ、ドンッ!
苛立ちをぶつけるように何度も地面を踏み鳴らす。
「何なんだよアイツ! あんな余裕そうな顔しやがって!」
拳を握りしめ、顔を真っ赤にしてまるで子供のように怒るホオズキ。リムは苦笑しながらも、「まあまあ」と宥めようとするが、シタキリは腕を組んで冷静に言った。
「でもさ、カダーヴェレを集めないとエストの居場所はわからないんだよね。今は感情よりもやるべきことを考えよう!」
「わかってるけどさぁ!!」
ホオズキは悔しそうに唇を噛むと、また一度地面を強く踏みつけた。
「ムカつく!絶対、アイツの思い通りになんかしてやらない!」
そう言って、ぎゅっと拳を握りしめる。シタキリがふっとため息をついた。
「まあ、あんな奴に踊らされるのは確かに私も腹が立つ。でも、こうなった以上、やるしかないよ!」
「……チッ。わかってるよ!」
ホオズキは悔しそうに唇を噛み締めながら、それでも前を向いた。カダーヴェレを全員見つける。それが、エストを取り戻すための唯一の道なのだから。
△▼△▼△▼△▼△
ホオズキたちは、再び駅に足を踏み入れた。人気は少なく、電灯の明かりが鈍く光る。ホームには、2月最後の列車を待つわずかな人影があるだけだ。だが、ホオズキたちの目的は列車ではない。
「ここに、まだカダーヴェレの誰かがいるんだな?」
ホオズキが苛立ち混じりに問うと、シタキリが頷いた。
「うん。私の記憶では、五人――ヤク、リスカ、ショウシン、ニュウスイ、それに……私だね」
シタキリは少し苦笑しながら自分を指差す。ホオズキは改めて彼女を見た。シタキリはカダーヴェレの中でも破天荒でありながら、ずっと私たち味方でいてくれる存在だ。それを思うと、他のカダーヴェレは比較的骨が折れるかもしれない。
「……で、そいつらはどこに?」
「ヤクとリスカはあそこですね」
リムが指差した先、改札の近くのベンチで周りを気にせず男を押し倒しキスをしている女がいた。
「うっわ」
ホオズキはドン引きした。エストが行方不明になった焦りで感情的になっているのかもしれない。
「……まあ、ヤクとリスカってそういう関係だったもんね?」
ホオズキは眉をひそめながら言う。シタキリは肩をすくめた。
「ヤクは気分屋ですし、リスカも流されやすいですからね。あの二人はたまにくっついたり離れたりしてるみたいですだけど、特に深い意味はないんじゃないですか?」
「……正直どうでもいい」
ホオズキはため息をつきながら、二人の方へと足を進める。近づくにつれ、ヤクとリスカの姿がはっきりと見えてきた。リスカは相変わらず気怠げな表情を浮かべ、ヤクの腰に軽く手を添えている。しかし、その瞳はどこか嬉しそうで、状況を受け入れているようにも見えた。対照的に、ヤクはリスカのシャツを掴み、無理やり唇を重ねているようにも見える。
「おい、やめろ!」
ホオズキが声を張り上げると、ヤクはようやく顔を離した。
「ん?ほーちゃんじゃん。どしたん?」
口元を舌でぺろりと舐めながら、ヤクがこちらを見る。
「お前らを迎えに来たんだよ! そんなことしてる場合じゃない!」
ホオズキは苛立ちを隠さずに言う。ヤクは小さく首を傾げた。
「迎え?なんで?」
「カダーヴェレを集めてるんだよ! エストを助けるために!」
ヤクはしばらく考え込んだあと、ふっと笑った。
「へぇ……また巻き込まれたんだ。面白そうじゃん」
「じゃあ来るか?」
「……うーん」
ヤクは少し間を置き、リスカの腕を引っ張るようにして立ち上がった。
「ねぇ、柊どうする?」
リスカは軽く肩をすくめた。
「まあ……僕はどっちでもいい……行けって言うなら行くし、行くなって言うなら行かない」
ホオズキはイラッとしながら叫ぶ。
「行くんだよ!!」
すると、ヤクはくすくすと笑い、リスカの腕に絡みついた。
「じゃあ、行こっか♡」
「……はぁ」
リスカはため息をつきながら立ち上がる。
「で、あと2人……ショウシンとニュウスイだったっけ」
シタキリが呟くように言うと、リムが小さく頷いた。
「ショウシンは、あそこにいますね」
リムが指差した先、ホームの端に立つ細身の少女の姿があった。その少女、ショウシンは血まみれになった線路をぼんやりと眺めている。その傍には水死体のような肌をした少女、ニュウスイが心配そうにショウシンを眺めていた。