第十三話 これは交換条件だ。簡単だろう?
空気が張り詰める。
地面に響いた音とともに、辺りの温度が下がったように感じた。冷たい風が吹き抜け、夜の闇がより濃くなる。
「……何をする気だ?」
ホオズキが警戒を強めると、それは愉快そうに微笑んだ。
「お前たちが"エスト"と名付けたあの少年を探しているんだろう?」
「知ってるなら、どこにいるか教えろ」
ホオズキの声には苛立ちが滲んでいた。しかし、それは肩をすくめるだけだった。
「教えるのはやぶさかじゃない。だがなァ」
鎌の切っ先が、月明かりの下できらりと光る。それはゆっくりとホオズキたちの前に突き立てられた。
「……私の"条件"を飲むなら、な?」
ホオズキの眉がわずかに動く。
「条件?」
「そう。交換条件だ!」
それは鎌の柄を指でトントンと叩きながら、ゆるりと続ける。
「私はエストの居場所を知っている。だけど、何も無しに教えるのは面白くない」
「ふざけるな」
ホオズキが低く唸る。リムとシタキリも緊張した面持ちで身構えた。しかし、それは余裕の表情を崩さない。
「まあ、そう言うなよ」
そして、一歩前に出た。
コン。
その音が響くたび、空間が微かに歪んでいる気がする。
「条件は簡単だ」
そいつは唇を歪ませながら言った。
「カダーヴェレを、全員見つけ出してみろ」
ホオズキの目が鋭くなる。
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味さ。実質、お前らの仲間のようなものである怪異カダーヴェレ、そいつらは今、この世界に迷い込んでいる。全員を見つけ出し、揃えることができたなら、私はエストの居場所を教えてやるよ」
「それとエストが何の関係がある」
ホオズキの問いに、それは小さく肩をすくめた。
「さあな。ただ、私が知っているのは、カダーヴェレを集めなければ、お前らが求める"真実"にはたどり着けないってことだ。ハハ、手間がかかるだろう?」
リムが口を開いた。
「それは……私たちにとって必要なことなのですか?」
「私は取引を持ちかけているだけさァ。やるかやらないかは、お前ら次第だ」
鎌の持ち手が、地面を軽く叩く。
コン、コン。
その音が静寂を裂くように響いた。
「さて、どうする?」
不敵な笑みを浮かべながら、それはホオズキの返答を待っていた。
「……カダーヴェレを全員、だと?」
ホオズキは眉をひそめた。
「何人いる?」
それは鎌の柄を指で軽く弾きながら、楽しそうに目を細めた。
「さあなァ?今は約……10人くらいか?まぁ、急に増えることもあるかもな?」
ホオズキの眉間に皺が寄る。
「ふざけるな」
「ふざけちゃあいない」
そいつは肩をすくめ、鎌を軽く回す。
「確かに、私も正確な数は知らない。だが、少なくともお前らが"カダーヴェレ"と認識している存在は全て、見つけなければならない。そうしなければ、お前らが探している少年には辿り着けないってわけだ」
ホオズキは目を細める。
「カダーヴェレを見つけたところで、そいつらが本当に全員かどうか、どうやって確かめる?」
「ハハ、良い質問だ」
それはゆっくりと鎌を回しながら、口角を上げた。
「簡単さ。お前らが"全員見つけた"と思ったら、私のところへ来ることだ。私が判定してやるよ」
ホオズキはしばらく沈黙した。他者を弄ぶのが好きなこいつの事だ。確実に罠がある。だが、エストの情報を得るには、この条件を飲むしかない。
鎌の持ち手が、再び地面を軽く叩いた。
コン、コン。
「どうする?」
それは、不敵な笑みを浮かべながら、ホオズキの答えを待っていた。ホオズキは目を伏せ、思案するように唇を噛んだ。こいつは、ただ楽しんでいる可能性は高い。だが、それを承知の上でも、エストの居場所を知る手がかりを逃すわけにはいかない。ゆっくりと息を吐き、再び相手を睨みつける。
「……わかった。その条件、飲んでやる」
リムとシタキリが僅かに驚いたようにホオズキを見た。だが、ホオズキの決意は揺るがない。
「カダーヴェレを全員見つけ出す。それができたら、必ずエストの居場所を教えろ」
それは満足そうに口元を歪め、鎌を肩に担ぐ。
「いい返事だ。……楽しみにしてるぜ」
鎌の刃が月明かりに鈍く光り、コン、と最後の音が闇に溶けた。