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第十一話 汚れた湖の人魚

「……くそ……っ」


拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。春日も、ホオズキも、リムも、どこにもいない。森は静まり返っていた。どこか遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえ、木々がざわめく。風が吹くたびに葉がさざめき、夜の冷たい空気が肌を刺す。


「とにかく……探さないと」


足元に残る土の感触を確かめながら、一歩踏み出す。転倒の衝撃で身体のあちこちが痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。春日がどこへ行ったのかは分からない。だが、ホオズキとリムなら近くにいる可能性が高い。あの風に飛ばされたとしても、完全にはぐれたとは限らない。


「まずは周囲の確認だな……」


森の中を慎重に歩き始める。月明かりは思ったよりも明るく、視界はそれなりに確保できた。


「……なんか、雰囲気が違うな」


最初にいた場所と、森の雰囲気がまるで違う。木々は異様に高く、葉は微かに青白く光っている。地面には光る苔が生え、踏みしめるたびにふわりと柔らかい感触が伝わってくる。まるで異世界に迷い込んだような感覚だ。先程までいた場所が異世界でないと言えば嘘になるが。


「おーい!ホオズキ!リム!」


声を張り上げるが、返事はない。


「……ったく、どこにいるんだよ……」


苛立ちを抑えつつ、さらに奥へと進む。やがて、ぽっかりと開けた場所に出た。そこには、小さな湖が広がっていた。ただし、その湖は透き通るような美しさとは程遠かった。湖面にはかすかな波紋が広がり、濁った水がゆっくりと渦を巻いている。月の光が反射してはいるものの、その奥底は見えない。


「……水か」


喉の渇きを感じ、湖の縁へと近づく。手を伸ばして水に触れると、ひんやりとした感触が心地よい。


「……飲めるか?」


恐る恐る手のひらですくい、口元に近づけた瞬間――


「やめといたほうがいーですよ?」


「!?」


突然の声に驚き、咄嗟に振り向く。そこにいたのは、湖の中からこちらを見つめる"何か"だった。それは人の形をしていた。しかし、異様だった。黒く深い瞳がこちらをまっすぐ見つめ、波間から滑らかな青白い肌が覗く。その身体は大きく、普通の人間よりも明らかに長い。そして、湖の縁から突き出しているのは、五本の腕だった。


「……誰だ?」


「そっちこそ、だれですか?」


その存在は湖面を漂いながら、くすっと笑った。


「わたしはここにすんでいるものです。あなたは…たびびとですかね?」


「……まあ、そんなところだ」


「そうでしょう?そんなかおしてますもん」


少女――いや、人魚と呼ぶべきか――は、ひらひらと水を撫でるように五本の腕を動かしながら、のんびりと話す。


「このみず、のまないほうがいいですよ。このみずはにんげんにとって、とってもあぶないから」


「……危ない?」


「そうですよ。このみずをのんだら、にんげんはすーぐしんじゃいますからね」


「……そんな事が本当にあるのか?」


「わたしがしんじられないんなら、のんでみたらいいでしょう?」


黒い瞳が妖しく輝く。冗談にしては、あまりに真剣な目をしていた。私は黙って手のひらの水を払い落とす。


「ふふ、けんめいなはんだんです!」


人魚は満足そうに頷いた。


「それより、さっきだれかさがしてましたね?」


「……ああ、仲間とはぐれたんだ」


「そうですかぁ……うーん、じょうおうさまならみたけど、あのひと、ほかのひとといっしょにこうどうしなさそうですからねー」


「そうか……」


「でもね、このもりはとーってもひろくてせまいんです」


「広くて、狭い?」


「はい。だから、もしほんとうにあいたいっておもうなら、きっとあえますよ!」


人魚はそう言うと、くるりと湖の中へ身を沈めた。


「おい、待て!」


引き止めようとしたが、その姿は水の中へと溶けるように消えた。


「……何なんだ、一体」


ますます訳が分からなくなってきた。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私はもう一度深く息を吸い、森の奥へと足を踏み出した。



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