Page.2 勿忘草の色
――愛?友情?ドレが真実?
思い出はずっと忘れないでいてね。
「全員席着いたな。」
......神よ、来年の初詣は。お賽銭弾みます。
「自己紹介の前に出席取らせてくれ。安藤、小緑、神崎、紅野…」
今年もあなた様のおかげで、4人で同じクラスになることができました...!
「......桜庭、白星......桜庭?」
「…...っあ、はい桜庭です!」
「知ってるよ。ちゃんと起きてろよ。」
ぼーっとしすぎた。真後ろから秋斗が笑いをこらえているのが聞こえてくる。後で覚えとけよ。
「全員いるな。改めてオレから自己紹介をしよう。今年一年B組の担任を務める鉄 努、これでクロガネ ツトムと読む。特技はマジック。苦手なモンは酒だ。彼女とは五年付き合って年末に別れた、一応傷心中ってことにしておく。歳は二十四、喫煙者だ。タバコ臭かったら悪ぃな。」
悔しいが担任はイケメンだ。その上接しやすそうときた。この学校じゃ初めて見る顔だが、前の学校はココとそう大差ない偏差値の進学校だったらしい。転任の理由には様々な噂が立っていたが、悪い人じゃなさそうだ。俺の勘はよく当たる。
「前の学校は二年で辞めたが、ちょいと事情が合ってな。女子生徒に告白されたんだ。」
…...いや俺の勘は当たるんだ。悪い人じゃない…...よな?
「なんとなく分かると思うが、オレは教師ヅラすんのがすこぶる苦手だ。生徒とも仲良くやろうと結構頑張ってきたんだが…...まあ断ったら逆恨みされちまった。それで紆余曲折あって今ココにいるって訳だ。誓って手は出しちゃいねえし、生徒にも指導がいったが......学校としてのメンツってもんがあるらしい。」
酷い話だ。嘘をついてるようには見えないが故に、教室の空気は凍りかけていた。それでもなんでもないような顔をして話を続けている。
「そんなことがあったが、オレは方針を変えるつもりは毛頭ない。進学校だから、学生の本文だからと勉強ばかりしていちゃあ息が詰まっちまう。お前らの高校三年生このメンバーで過ごすのは今年度だけなんだ。少しでも楽しく、思い出に残る一年にしてもらいたい。あわよくば傷心中のオレに恋バナでも聞かせてくれ。」
少しだけ口角を上げて、柔らかい表情で挨拶を締め、次の日の日程等を淡々と話していった。何事もなくホームルームは終わり、努先生の周りには沢山の生徒が集まった。
最初の席順は名前順。春香は俺の隣の席、秋斗は後ろ、秋斗の斜め後ろが冬雪となっている。
「…...いい先生だな。」
「そうだね、告った女の子の気持ち、少しわかる気がするよ。」
へらへらと笑いながら春香はそう言った。悔しいが俺も分かる。俺たちくらいの年の女子はああいうザ・年上のオーラを纏った包容力のある男に惚れる。と、どこかで聞いたことがある。
余程悔しそうな顔をしていたのか、秋斗は俺が聞けなそうなことを聞いた。
「へえ、春香はああいうのがタイプ?」
「んー…...年上って、何考えてるかわかんなくない?ちょっと怖いかなあ。」
「…...それは分かる。私も時々、父さんが何考えてるのか分からない。」
「ん、雪…...それとはまた、違うと思う、ぞ…...」
秋斗が必死に笑いをこらえて顔を背けている。年上の異性の話でしょ?という冬雪の言葉で秋斗が耐えきれなくなったところで本鈴のチャイムが鳴った。
今日の授業は三年で使う教材を配ったりするのが一時限目、二時限目はグループ活動で使う班があるので、その交流を深めるそうだ。俺たちの班はいつもの四人に神崎を加えた五人で、実質神崎への自己紹介となっている。
「選択科目は多目的室にあるから自分で取りに行け。さっき配ったプリントにチェックリストがあるからそれでチェックしながら進めていけよ。」
「先多目的室行くか、行こうぜ春香。」
「あーうん、選択は何取ったんだっけ?私化学、公民。美術はみんなで取ったよね。」
「化学は取ったけど、公民は取ってないな。冬雪は公民取ってたよな。」
「うん、そう!、秋斗君とは政治経済で同じだったよね?」
「あいつは社長になる男だからな。」
秋斗は親の会社を継ぐ。自分の意志で進路は決めろと親に言われてはいるらしいが、それでも自分の意志で継ぎたいと言ったらしい。大学を卒業した後、父親の補佐をして社長になるということになっているらしい。
…...すごい男だ。俺は特にやりたいこともなくなんとなく大学に行きたいと思ってる。選択科目だって、美術は皆取るから、化学の選択も何でもよかったから春香に合わせただけ。政治経済も秋斗に誘われて取った。
俺には何もない。俺が選ぶ道に自分の意志は大してない。
「秋斗は…...自分の気持ちで自分の道を選んでる。進路のことも、冬雪のことも。自分の未来は自分で決めてるんだ。本当に…...羨ましい。」
「…...夏希…...?」
二階の窓から、学校の花壇に生えた青色と桃色の勿忘草がやけに綺麗に見えた。俺にはどちらの色が綺麗かなんてことさえも選ぶことができなかった。
いつか選べる日が来たら
その時はきっと――