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いねむり官吏の推理指南  作者: 小野露葉
第二作 予告された死
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三話 一番の誤算

李翆の不吉な予告が的中。一番の誤算は?中華風宮廷ミステリー「いねむり官吏の推理指南」第二作!

 水仙の花が終わりを迎えている。花が終わった水仙の葉がくるりと結ばれているのは翠の仕業だろう。いくら大食いでも毒はさすがに嫌らしい。

 だが書庫に入ると、水仙を手に翠がぼんやりとしている。俊英は静かに声をかけた。


「大理寺にて兵部尚書殿の審議が始まった。あの武官凌裕の死だけでなく、過剰な訓練によるけがやそれによる死、その隠ぺいに関してだ」


 今ならあの麺屋で感じた違和感がわかる。麺の味がわからない味覚障害だけではない。凌裕は小柄な翠に右腕を扇子で打たれおかしな様子だった。となれば右側に麻痺が出ていた可能性が高い。さらに嘔吐、意識混濁という症状、さらには刑部の入念な検死により、死因は強く頭を打ったことによる脳内の出血とわかった。


 あの日、刑部から実家に遺体が移されたのは、兵部付の医官が検死をすると引き取ったかららしい。だが多くが文官の省内には、武官ばかりの兵部のことは兵部でという暗黙の了解があったことは確かだろう。


 そのせいで、兵部で過剰な訓練が行われても見過ごされ、頭部を打ってもそのまま捨て置かれることもあったようだ。翠は水仙をじっと見つめつぶやく。


「ほかにも病死として扱われた件があるとして、大理寺は調べを進めているとのことだ」


 それが一番やるせない。俊英は思い切って尋ねる。

 

「翠は最初から気づいておったのだろう」

 

 翠が悔し気につぶやく。


「かんたんなことだった。最近医薬品の出費が多い。その割にはけが人や病人の報告が少ない。大量の医薬品には大量のけが人、病人が必要だろう?しかし報告を同時に読まなければ気がつく者はいない」


 だからこそ、この仮書庫があるのだろうが、翠が読むのは写しである。気づくのが遅れるのは仕方がないこと。俊英は少しでも翠の気持ちを和らげようと口を開く。

 

「軍や兵部では訓練でけがをさせておきながら報告をしないのはよくあることだ。あまり考えこむな」


「だからこそ訓練による怪我が多すぎないか監視するため、兵部付の医官には独自に兵部のけが人の数と具体的な症例を報告する義務があった。だがそこを買収されていたとは」


 命を軽く扱う医官がいたことに俊英も唇をかむ。そのとき、翠がふと顔をあげた。瑪瑙(めのう)色の瞳に、いつものいたずらっぽい光が戻る。


「あの麺屋のあるじはなぜ自首などしたのだろうな」


「そうだな。中毒騒ぎとなれば商売はできなくなるだろうに。何より麺屋のあるじが自首さえしなければ、事件として扱われることなく家族は兵部に丸め込まれ、あの武官は病死として扱われていただろう」


「それに英はあの店のなじみのわりに、あの武官を見たことがなかったようだな」


「ああ、たしかに」


「だがあの男、嫌がらせだの、また来るだの言っておった」


 翠は瑪瑙(めのう)色の瞳をふせ、ふっと笑った。


「だからあの男が通い始めたのは最近か、官吏のいない時を狙ってではないかと思ってな、なじみの料理屋に聞いてみた。あの麺屋のあたりを買いたい輩はいないかと」


「いたのか?」


「いた。ある妓楼で、兵部尚書殿は上客だったらしい」


「つまりなじみの妓楼の利益のために、部下に嫌がらせをさせていたということか?」


 そこで俊英も自らの考えを話す。


「ならば今回もちょっとした中毒騒ぎを起こすだけのつもりだったのかもしれぬな。だが嫌がらせをさせていた部下は運悪く過剰な訓練で死んだ上、運悪く嫌がらせをされたあるじが自首。刑部に遺体を調べられることになった。いろいろとあるが、一番の誤算は麺屋の自首だといえる」

 

 そこで翠がにやりと笑った。

 

「そう今回の誤算は麺屋だ。評判を顧みず自首までした麺屋。自首によって兵部の闇を暴いた麺屋。それがただの麺屋だと思うか」


 俊英は思わずあっと声を上げた。翠がいきなり立ち上がる。


「まだあの麺屋があるか行ってみようではないか」


 *


 結論から言えば、麺屋はあった。


 あれだけ言っておきながら、翠は出された麺を、うまい、うまいと食べている。しかたがないので俊英があるじに男の死は怪我によるものだったことだけ伝えておく。あるじはそれ以上尋ねることなく微笑む。


「そうですか。実は昔、軍におりましてね。食べるものもなく、その辺の草を食べて中毒なんてことはしょっちゅうでしたから、うちでもあり得るかと」


 それだけで自首などするのかとも思ったが、先に翠が口を開いた。


「反対に、どんなことがあれば味を感じなくなるのか?ということも知っていただろう」


 翠の問いに、あるじは小さく目を見開いた。しかしすぐ、いつものひとの良い笑顔に戻り、おだやかに答える。


「まあ。それは」


 そういうとあるじは静かに笑った。翠もにっこりと笑う。俊英もそれ以上問う必要がなかった。軍にいたあるじには想像できたのかもしれない。武官に何があったのかを。それが兵部にとっては誤算だった。いやこのような男が庶民として都にいるというのは。


 誤算でも奇跡でもない気がした。


 いねむり官吏の推理指南ー予告された死ー

  ー了ー

「いねむり官吏の推理指南」第二作ー予告された死 はここで完結!

次回のふたりの活躍をお待ちください!

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