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いねむり官吏の推理指南  作者: 小野露葉
第一作 幽霊の伝言
3/6

三話 幽霊の伝言

後宮入りした妹が幽霊騒ぎ?兄は優秀な人材がいるはずの宮廷の書庫を尋ねるが?中華風宮廷ミステリーいねむり官吏の推理指南シリーズ第一作!

 書庫の中では初めの日とおなじように李翠(りすい)がいねむりをしていた。俊英は思わず声を荒げる。


「おい!賢紀が道観入りとは何があったのだ!」


 翠が仕方ないとばかりに体を起こし、口を開く。

 

「そう大声を出すな。魯美人も暇を出され後宮にはもういない」


 「つまり賢紀と魯美人が仕組んだと?」


 思いもかけない展開に、俊英はまた声をあげる。その様子に翠が唇の端だけをあげて笑みをみせる。

 

「そうとも言えぬな。少なくともはじめは違ったのであろう」


「どういうことだ」


「まず下級妃が中級妃を訴えるとはあり得ないと話したが、そもそも魯美人のような下級妃に帝が通うことこそおかしいとは思わぬか」


「それは……」


 確かにその通りだ。後宮には上級妃が四人、その下に中級妃が九人いる。下級妃はさらにその下の位となる。それは本人の資質以上に生まれや後ろ盾による位であり、よほどのことがない限り、上級妃、中級妃を差し置いて、帝が下級妃の屋敷に通うことはない。翠はにやりと笑う。


「つまり帝が下級妃の屋敷に向かうだけの理由があったということ」


 俊英はやっと納得がいった。


「それが幽霊騒ぎか」


 翠がうなずく。


「魯美人としてははじめは帝の気を引くために幽霊騒ぎなど起こしたのだろう。実際、帝もそれでおびき出された」


「しかしどうやって幽霊を」


 すると翠はふところから小さな石を取り出した。青色に光っている。


「蛍石だ。この石は光を浴びて発光する。これを粉末にすれば光る衣も可能。さらにはこの石、熱しても蛍のように蒼白く光る。そのうえ熱を持っている間はしばらく光り続ける。だから暗がりに熱した蛍石を転がしておき、近くに白の絹衣でもおけば、自然と消える青白い幽霊をみせることができただろう」


 翠は話し続ける。

 

「魯美人の家は商家。家柄としては下でも、この石のような面白いものを手に入れるのはたやすい。せいぜい余興のつもりだったのだろう。しかしあのまじめな帝のこと、騒ぎが大きくなってしまった。魯美人としてはすぐに種を明かせばよかったのだが、帝をだましたのだから種を明かすには覚悟がいる。そこに助けてやると甘い言葉をかけたものがいた」


 俊英はごくりと喉をならした。


 「賢紀か」


「そうだ。下級妃が目上の中級妃を名指しで告発するなどあり得ぬ。しかし上級妃のひとりが後ろ盾となってくれるならどうだろう?」


 そこまで言って翠はじっと俊英を見据えた。

 

「なによりそなたの妹の登場によって困ったのは、もともと通いのなかった魯美人か?それとも通いが減った賢紀か?」


 俊英は思わず目を伏せた。妹はまっすぐで勉強熱心、帝が気に入るのも当然だ。しかし後宮では他の妃から帝を奪う危険な人物ともいえる。


 「それで景の屋敷から衣が……」


 そういったとたん翠のメノウ色の瞳が細められる。


「あの衣は証拠とはいえない。この石、昼は光るが夜の暗がりでは光らぬ」


 翠の思いがけない言葉に俊英は思わず顔を上げる。


「暗がりで光らせるためには燃やす必要がある。しかし蛍石をまぶした衣を光らせようとしたら燃やさねばならぬが、そんなことをしたら幽霊にはなれぬ。つまり証拠として蛍石の粉末をふりかけた衣を出した時点で、どうやって幽霊を登場させたか知らなかったと伝えているも同じ」


「まさか!賢紀は妹をかばってくれていたのではないのか?」


 声をあげる俊英に、翠はたんたんと話し続ける。


「かばったのが本心とは思えぬ。賢紀がそなたの妹を気に入って面倒をみていたのは確かだが、賢紀がそなたの妹のところに自分の下女を譲ったのは幽霊騒ぎのあとだ。その下女が衣を持ち込んだのだろう」


 しかし俊英は納得がいかない。

 

 「だがなぜ賢紀は罪を認めた?衣が証拠といえないのなら、言い逃れもできたはず」


 翠がにやりと笑った。


「幽霊に諭されれば誰でも白状する」


「それはいったい?」


 思いもかけない答えに俊英は翠を見つめる。しかし翠は答えず、いきなり立ち上がると澄んだよく通る声で告げた。

 

「ともかくそなたの妹の嫌疑は晴れた。俺のおかげなのだから飯でもおごってくれ」


「いや、それはよいが前のなじみの店のようなところは無理だぞ」


「よい、ちょうど麺のうまい店に行きたいと思っていたところだ」


「まあそれぐらいなら……」


 俊英が言ったとたん翠は大きなメノウ色の瞳を細めて笑った。


 *


 のちに俊英は同僚から幽霊の伝言について聞くことになる。事件が解決する前、賢紀の部屋に青白い幽霊が現れたという。そしてその幽霊は澄んだよく通る声で告げた。


 「帝からの伝言だ。全て知っているぞ、とな」


 幽霊の伝言で賢紀は腰を抜かし、帝にすべてを明かしたという。幽霊が何者か俊英にはわかる気がした。しかし李翠(りすい)が何者であるかは。


 いまだわからない。


 いねむり官吏の推理指南ー幽霊の伝言

   ー了ー

いねむり官吏の推理指南ー幽霊の伝言はここで完結!

次回のふたりの活躍「予告された死」は5月10日金曜日20時より連載開始!

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