二話 幽霊さわぎ
後宮入りした妹が幽霊騒ぎ?兄は優秀な人材がいるはずの宮廷の書庫を尋ねるが?中華風宮廷ミステリーいねむり官吏の推理指南シリーズ第一作!
妹といっても幼いころ他家にもらわれた妹ゆえ、景が俊英の妹だと知るものは身内の、それもわずかなもののみ。しかし年の離れた妹は家を出た後も俊英を兄として慕ってくれていた。そんな景が後宮に入ると知り、兄として心配にならぬはずはない。だが現皇帝はまだ三十代と若いが賢帝とうたわれる人物で、何より後宮は広い。中級妃ならもめごとに巻き込まれることなくそのうち下賜されるだろうというのが大方の見方であった。しかし思わぬことが起きた。科挙を受験する兄を見て育ったせいか、女ながら書をたしなみ読書家でもあった景が帝の目にとまったのだ。賢帝らしく上級妃を大切にしながらも帝はときおり景のもとを訪れていたらしい。
そんなとき事は起こった。下級妃が住むあたりに幽霊が出るという噂が流れたのである。最初は見間違いだといわれたが、帝まで光る衣をまとった女を見たとあっては調べざるを得ない。さらに帝と共に幽霊を見た魯美人という下級妃が景を名指しで非難した。なんでも魯のもとに帝が通われた夜、景に屈辱的なことを言われたというのである。そこで調べてみると、景の下女の荷物から魯美人と帝が見たものと同じ白い衣が出てきたという。さらにその衣には青白く光る粉末が振られていた。景のような読書家ならその程度の知識はあるだろう、というのが捜査にあたったものの見解だった。
「決定的な証拠だな」
李翠が澄んだ声でつぶやく。宮廷内では話しにくかろうと連れてこられたのは李翠のなじみの料理屋。それも個室だ。卓に並ぶのも一流の料理ばかり。一文官への扱いとは思えない。そのうえそんな場所で細く白い脚がのぞくほどにくだけた格好をして酒をあおる翠に、俊英は戸惑いながらも言い返す。
「確かに景は読書家でさまざまな知識がある。だがそんなわかりやすいところに衣を隠すだろうか。何より景は下級妃の魯美人とほぼ面識がないし、そもそも通う相手は帝が決めること、そんなことで嫉妬するような妹ではない」
憤る俊英に翠がひょうひょうとした様子で尋ねる。
「それで景昭儀の処遇は?」
「帝のとりなしで表ざたにはなっていない。動機もないし、もう少し調べが必要ということだろう。帝だけでなく、下女を世話をしてくれたりと以前から景をかわいがってくれていた上級妃のひとり賢妃もかばってくれてな。だが今は屋敷の外に出るのはもちろん、誰とも会えないよう厳重に監視がついているらしい」
「それだな」
「え?」
「わからぬか。お前もあいつと同じで鈍いのだな」
俊英はわけがわからず翠に尋ねる。
「わからぬ。そもそもあいつとはいったい」
途端に翠はメノウ色の大きな瞳を細めて笑った。
「これ以上は言えぬ。いくらなじみの店とはいえ、どこにどんな耳が潜んでいるかわからぬからな」
そういうと翠は立ち上がった。
「少々あいつにも勉強してもらわぬとならぬようだ」
小さな体を揺らしながら笑う翠を俊英は見つめるしかなかった。
*
俊英が勤める刑部は忙しい。ひったくりなどは自警団に任せることが多いが、そもそもここは大陸の中心の都、事件はひっきりなしに起きる。そんな忙しい刑部にも数日後には後宮の噂が流れてきた。
「知っているか?賢妃が後宮を出て道観入りするんだとよ」
俊英は驚きながらも平静を装い、耳をすませた。賢妃といえば妹景をかばってくれたという上級妃だ。
「なんでも幽霊が賢妃に伝言を残していったらしいぜ。お前が犯人だとな」
俊英は思わず駆けだした。