92.母性
「さぁ、どっちを選ぶっ!?!?」
美女二人に問われた俺は、とりあえず正解を選ぶ。
誰が何と言おうと、さすがにここの正解を間違えるほどバカではない………。
「ナツキさんに決まってるでしょ!?ていうか、何ですかこの状況!会って早々にケンカするのやめてくださいよっ!!」
だが二人は俺の正論など聞いてはいない。
ただ俺に選ばれたナツキさんがドヤ顔で腕を組み、紫髪の龍族女は肩をすくめて"やれやれ"という仕草をしている。
ただ紫髪の女に関しては、遊びでナツキさんをからかっただけなのだろう。
実際俺に選ばれる事なんて、考えてはいないはずだ。
「はぁ………。何か若いアンタ達夫婦を見てると、昔の幼かった自分を思いだして胸がキュウってなるわね。怖いものなんて無かった、あの頃を」
案の定、彼女の表情は一転していた。
その表情は優しく、まさに”母性”という言葉がピッタリの温かさだった。
そう、あくまでも彼女の使命は”俺を治療する事”だ。
それ以外は、ただのヒマ潰しでしかない。
「じゃあ、アタシはそろそろ出ていきましょうかね。ヒマ潰しにしては楽しかったわよ。なにせアタシは龍神王の娘だからね、兄弟ですらアタシには気を遣って接してくる。街の人だって、みんな土下座してアタシに顔すら見せてくれないのよ?」
そして彼女は、少し苦笑いのままナツキさんへと視線を移した。
「だから久しぶりに楽しかったわよ。アタシに臆する事なく言い返してくれる人間なんて、この世にアナタを含めて二人しかいないもの。娘が出来たみたいで、ちょっと楽しかったわよ」
するとそれを聞いたナツキさんは、少し複雑な表情へと変わっていた。
まぁ先程まで思いっきり口喧嘩をしていた相手から、いきなり母性を向けられて困惑しない方がおかしな話だ。
「きゅ………急に何なんだ。感謝される覚えは無いぞ………」
「そういう所も可愛いわね。旦那さん、大事にしてあげなさいよ?」
そう言い残した紫髪の妖女は、とうとうその場に立ち上がり、そして俺達の部屋から出て行こうとする。
それにしても、高低差の激しい女性だったな。
傷は癒えたけど、なんだか気疲れしてしまったような気分だ。
………だが何故か彼女は再び足を止め、そしてこちらへと向き直る。
どうやら、まだ要件が残っていたようだ。
「あっ、そういえば伝え忘れてたわね。龍神王からの伝言よ。
”逸れ龍の討伐隊は3日後に準備が完了するから、それまではゆっくり過ごしてくれ”
だって。だから、3日後に向けてアナタ達も準備をしておきなさい?言っておくけど、今回の逸れ龍は過去最強よ」
そう言う彼女の目は、なぜかとても悲しそうに見える。
今回の逸れ龍とは深い関係があったのだろうか?
色々と考察は出来る。
だがそれよりも先に、俺はここまで治療と有益な情報を与えてくれた彼女に対して、感謝の気持ちが湧き上がっていた。
だから穿天様の伝言を伝え終えて部屋を出ようとする彼女に対して、俺から最後の質問をする。
「あ、あの!治療から伝言まで、色々とありがとうございました!お名前だけでも聞かせてくれますか?」
そんな俺の質問に対して、彼女は驚きと喜び、そして誇りを持って答えてくれる。
「あら、嬉しいわね。アタシの名前は【ロンジェン】。偉大なる龍神王・穿天の最初の娘にして、龍牙三闘士および燭部隊隊長リィベイの………母親よ」
その瞬間、ロンジェンの目元がリィベイとそっくりな事に気付いた。
なるほど、確かに言われてみれば魔力の感じも似ている所がある。
「そうでしたか。息子さんに短気な所を治すように言っておいてください」
「ふふ………まったく、誰に似たんだか」
彼女はそう呟いていた。
そしてナツキさんの方を無言で数秒見つめた後、とうとうロンジェンは着物を揺らしながら部屋を後にするのだった。
彼女の残した香りはとても刺激的で、だけどなぜか安心感もある、そんな不思議な香りだった。
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逸れ龍の討伐まで残り三日。
俺たち夫婦は、当日までこのシージェンで時間を潰す事になった。
連日シージェンの料理に舌鼓を打ち、体が鈍らないように外で動き、あとはイチャイチャする。
ナツキさんは30回甘えると、1回ぐらいのペースで少し甘やかしてくれる。
まさに中毒になるにはピッタリのデレ頻度だ。
それに加え、相変わらずシージェンの料理は美味しかった!
毎日違う料理を食べていたのに、まだまだ食べ尽くせないメニューの数々。
そして香辛料の偉大さを、改めて感じるような毎日だった。
この期間に関しては、俺も料理を作る事はない。
ただ美味しそうにシージェン料理を頬張るナツキさんを眺めながら、料理の味を研究するだけの時間だった。
幸せとは、こういう時間のことを言うのだろう。
明日から始まる逸れ龍の討伐戦が、最後の戦いにも繋がる重要なキッカケになるとも知らずに………。
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次回、新章
【逸れ龍と天地の神子】編スタート。