91.マウント合戦
「つまり、サンが呼んでサービスをさせたという訳ではないんだな………?」
疑いの目で俺を見つめているナツキさんは、既に3回目にもなる確認をしていた。
そう、彼女の言う通り俺は悪くない。
悪いのは勝手に部屋に忍び込んで、いきなり太ももをマッサージし始めた、この妖艶な紫髪の美女だけだ!
「勘違いさせるつもりは無かったのよぉ?それに私は他人の旦那に手を出すほどヒマじゃないわよ。ただお父様、つまりは穿天様に頼まれて来ただけなんだから」
紫髪の女は何事も無かったかのように言い放つ。
ていうかこの人、穿天様の娘だったんかいっ!?
どうりで腕力が強すぎる訳だ。納得納得。
だがそんな彼女の声だが、これが低すぎず高すぎず、人間が一番心地が良いと感じる部分だけをピンポイントで刺激してくるような、そんな上品かつ魅惑的な声だった。
聞いているだけで、いつの間にか夢の世界へと落ちてしまいそうだ。
とりあえずナツキさんの誤解が解けたから良かったものの、俺はこの女が恐ろしくてしょうがない。
気を抜いたら、一気に飲み込まれてしまいそうだ。
「ほら、言ったでしょナツキさん。この人が勝手に部屋に入って来て、襲いかかってきたんですよっ!」
「あぁ、もう分かった。どうやら私の勘違いだったようだ」
ようやく納得した様子のナツキさん。
やっと腰元の刀の柄から手を放してくれたようだ。
………いや、それにしても、マジで死ぬかと思った。九死に一生を得るとは、まさにこの事なのだろう。
今後も気を引き締めていかなければ。
と、とりあえず、なぜこの女が俺達の部屋に入ってきたのか、そこをもっと掘り下げないといけないな。
「穿天様に頼まれてきたって言ってましたけど、僕は大人のサービスは断りましたよ?」
「あぁ、アタシはそっち専門じゃないわよ。気持ちいい事って言っても、それは”肉体回復”って意味。あなた、正殿でリィベイと戦った時、かなり身体がボロボロだったらしいじゃない?」
すると彼女は、俺の胸元に”ピタァッ”と手のひらを置き、そして服の上から”いやらしく”撫で始めた。
まるで俺を誘っているかのような、そんな手つきとしか思えない。
「おい貴様、この状況でまだサンを寝取ろうと言うのか?殺されたいなら早く言ってくれ、私は気が短い」
「ちょっと、そんなつもりじゃないわよ。アンタ顔とスタイルは抜群に良いのに、中身は凶暴な猛獣そのものねぇ。モテないわよ」
ちょ、ちょっと!?
いきなり女同士でバチバチの睨み合いするの、やめてもらえます!?
間に座っている俺が、その火花で火傷しそうなんですけど!?!?
だが、そこはさすがに穿天様の娘だ。
ナツキさんの圧に屈する事なく話を続ける。
「アタシのスキルは、直接肌に触れた方が効率がいいのよ。サンて言ったっけ?アナタ最近、肩から腰にかけて大きな傷を負ったでしょ?死んでもおかしくない程の傷」
「………え?」
その瞬間、俺はハッとする。
確かに彼女の言う通り、俺は剣竜アテラ戦において致命傷レベルの傷を負っていた。
それはアテラの尻尾の聖剣によって切り裂かれた、肩から腰にかけての大きな裂傷だ。
今の俺は、決して服を脱いではいない。
脱がされそうにはなったが、まだ脱いではいない。
つまり脱がずとも、傷口を見ずとも、彼女は俺の上半身の傷を見抜いていたのだ。
「は、はい。ちょうど大きな傷を負ったばかりです………」
「そう。ならアタシの仕事は、それを含めた身体中の傷みを癒す事よ。それが穿天様から与えられた命令。あなたの体がボロボロな事、結構心配してたみたいよ」
そう言って穿天様の娘は、再び俺の胸元へ手のひらを置いた。
だが今度は服を少しだけズラし、肌に直接触れている。
彼女の手は温かく、そして大きかった。
だけど先程までとは違い、そこにいやらしさなどは無くなっている。
どうやらこれが、彼女の本質らしい。
【キュアァァアア………】
なんと気付けば俺の体は、エメラルドグリーンのような色と共に発光し始めていた。
そしてドンドンと体温も上がっていき、何かが体の内側を駆け巡っているような、そんな不思議な感覚を味わっている。
そして、ほんの数秒後には………。
「い、痛みが………無くなりましたっ!!」
「当たり前じゃない、アタシはシージェンで最高の治癒技術を持つ龍族よ。これぐらい1000万ゴールドでやってあげるわよ」
「いっ、1000万っ!?」
思わず俺は目を見開く。
数秒の傷の治療で1000万など、聞いた事もない!
だが俺が文句を言える立場かと言われれば、決してそうでもないという事実に気付く。
確かに有無を言わさず治療されたのは確かだが、体の限界が近かったのも確かだ。
どちらにせよ、このシージェンで医者に診てもらう事になっていた可能性は高い。
幸い俺は、Sランク冒険者時代にガッポリと稼いだ。
そしてあまり物欲が無いおかげで、シッカリと貯金もしてある。
だから………
「分かりました………。スグに1000万持ってきます」
「ンナハハハッ!!冗談に決まっているじゃないの、坊や!龍神王からの命令だから、これは商売じゃないよ。タダでアタシの治療を受けられるなんて、後世まで自慢できる事よ?」
従順な俺の反応に対して、紫髪のお姉さんは豪快に笑っていた。
どうやら1000万ゴールドは払わなくても良いらしい。
それにしてもまったく、純粋な少年の心を弄ぶなんて、なんてヒドい美女なのだろう。
お詫びに、その太くて柔らかそうな太ももでヒザ枕を………
「……………ハッ」
俺は背後からの視線を感じ、息を呑んでいた。
なんて命知らずなことを考えてしまったのだろう。
「サンよ。龍族の”おばさん”に体を触られて、とても幸せそうだなぁ?」
「舌切ります」
「反省が早くてよろしい。だが舌を切っては謝罪が出来なくなるからな。舌ではなく生殖器切断の方が妥当か?」
そこからの土下座は早かった。まぁ早かった。
まるで百雷鳴々を使って高速移動をしたかのような速さで、俺は床で土下座をしていたのだ。
俺が調子に乗って、ナツキさんに怒られる。
まぁ、ある意味いつもの光景だ。
だが紫髪の女だけは、俺達とは反応が違った。
それもそのはず、サラッとナツキさんに”おばさん”と言われたのだ。
そこを笑って流せるような、中途半端な美人ではない。
最高級のプライドと美貌を兼ね備えた、穿天様の娘なのだ。
「あら、顔が怖い奥さんを持つと大変ねぇ??心が汚いと、顔も鬼のようになっちゃうのね。ほら、アタシが甘やかしてあげるわよ?何して欲しい?ヒザ枕に耳掃除、子守唄だって歌ってあげるわよ」
「子守唄とは、随分と”年寄り”の発想だな。サン、聞く耳を持つな」
「あらあら。男が求めているのは母性よ?アナタみたいな”幼児”の発想じゃあ、スグに男の方から飽きられて捨てられるだけよぉ?」
「……………もういい。この女と会話しても時間の無駄だ。サンに聞くのが一番早いだろう」
すると美女二人が同時にこちらを向く。
そして二人同時に、まるで親子のようなシンクロ率で俺に問いかけるのだった。
「さぁ、どっちを選ぶっ!?!?」
選択を間違えれば、おそらくこの世界が滅ぶかもしれないクイズ。
正解は分かっているのに、謎の緊張感が俺を襲っているのだった。