89.逸れ龍
ここはシージェンの中心地から少し離れた旅館。
今の俺は、剣竜アテラ戦から続く激闘の傷を癒すべく、穿天様が用意してくれた最高級の部屋のベッドに寝転んでいた。
それにしても、さすがはシージェンの最高級旅館だ。
部屋が六つあるだけでも驚きなのに、間接照明や家具の位置、さらには香りや音まで細部のこだわりを感じられる。
まるで流れる時間が0.7倍速になっているような、そんな非日常感を味わえる空間だった。
ちなみに窓から見える外の景色はというと、洞窟内から見えるシージェンの街明かりを上から見下ろす設計になっていた。
もちろん十分に幻想的な景色だし、目的もなくジッと眺めてしまう中毒性もある。
だが正直に言うと、俺は空が見たいという気持ちの方が優ってしまっていた。
なので景色に関しては70点といったところだろうか?
………ちなみに旅館を用意してくれるにあたり、”夜のサービス”も提案された!!
ここは欲の街・シージェン、まぁ当然の流れっちゃ当然の流れだ!!
だけど知っての通り、今の俺には世界一綺麗な妻がいる。
そこは穿天様の心遣いとはいえ、丁重にお断りさせてもらった。
ちなみにその世界一綺麗な妻ことナツキさんだが、彼女もまた俺と同じ部屋で休む事になっていた。
とはいえ今のナツキさんは外の空気を吸いに出かけているので、実際部屋にいるのは俺一人なんだが。
さて、今夜はどんな夜になるのか。
俺の胸は高鳴るばかりだ。
だがその前に考えなければいけない事もある。
それは穿天様から聞いた、重大な”逸れ龍”の事だ。
俺達が今ここに泊まっているのは、その話に大きく関係している。
少しだけ会話の内容を思い出しておこう。
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「新しい【逸れ龍】の情報がある。しかもとびきり上等な逸れ龍だぁ」
穿天様は太い腕をガシィと組み、難しい表情を浮かべていた。
どうやら重たい話になりそうなのは間違いない。
そもそも”逸れ龍”というのは、固い絆で結ばれた龍族の集団から、何らかの理由で離脱した龍に対して使われる通称だ。
その離脱する理由は様々で、穿天様への不満、龍族関係の不満、力不足によるイジメ、その他にも沢山あると言われている。
そもそも俺は、この”逸れ龍”という言葉を何度も聞いた事がある。
そう、俺の使っていた百雷鳴々の素材にもなった”雷光龍”。
これこそまさに逸れ龍の内の一体だったのだ。
当時冒険者だった俺は、ギルドでSランク依頼を受けて、あの雷光龍の討伐へと向かった。
その時に俺はスザクへと来た事があったのだ。
「まだどこのギルドや国にも話してねえ、最新の逸れ龍が出た。これも何かの縁だぁ、ソイツの討伐を手伝ってくれたら、お前らに素材を分けてやっても良いぞぉ?」
そう提案をしてくれた穿天様。
なるほど?スグにフレアさんの刀を手に入れられない代わりとしては、かなり良い提案だと思う。
なにせ龍の素材は、この世界において希少かつ強力な素材だ。
”逸れ龍討伐”のクエストでは必ず多数の死人が出るが、それでもクエスト掲示からほんの数日で定員へと達する。
大きなリスクを負ってでも欲しい、それほどまでに魅力的な素材なのだ。
「どうするサン?私は龍の素材でも良いが、実際に作った刀を使うのはキミだ。キミが決めてくれ」
美しい佇まいのまま、俺に向かって問いかけてくるナツキさん。
それにしてもナツキさんの脚は長いな。
ピチッとしたパンツスタイルがここまで映える女性が、果たしてこの世界に何人いるのだろうか。
きっと別の世界では、モデルとしても世界最高の女性になっていただろう。
………あれ、全然違う事考えてた。
やはり美しすぎるのも罪だな。
「あ、えーっと。俺は龍の素材使えるなら使って欲しいです!魔力伝達効率も良いですし、なにより………カッコいいじゃないすか!」
「カッコいい………。それは重要なのか?」
「重要どころか、最重要ですよ!?カッコよくない武器なんて、持たない方がマシです」
「まったく、男心は理解できん」
右手でオデコを触り、少し呆れた様子のナツキさん。
とはいえ俺の返答はしっかりと飲み込んでくれたようだ。
「穿天よ、その逸れ龍討伐の話、詳しく聞かせてもらおうか」
「あぁん?言っとくが今回の龍に関しては、そんじゃそこらの龍とは格が違うぞぉ?死んでも俺は責任取れねぇからなぁぁ?」
「誰に言っている?貴様の目の前にいるのは、魔王を倒した冒険者だぞ」
そう言ってナツキさんは不敵な笑みを浮かべていた。
果たして龍族の方々は、魔王を倒した張本人がナツキさんだという事は知っているのだろうか?
確か”魔王討伐戦”に、龍族はほとんど参加してなかったはずだけど………。
だけど今、誰もナツキさんの発言に対して疑問を呈するような事はしていない。
きっとこれが答えだ。
ナツキさんの強大な魔力を間近で感じた龍族達は、ナツキさんが本当に魔王を討伐した張本人だとしてもおかしくはないと、そう確信していたのだろう。
そして穿天様は、とうとう逸れ龍の詳細を口にし始める。
「それじゃあ、聞かせてやろうかぁ。今回の逸れ龍である、"俺の息子"の話だ」
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