88.鍵の子
「ナツキぃ、お前の要件は理解した。だからワシも結論から言う事にしよう。フレアの最後の刀は………渡せんなぁ」
それを聞いた瞬間、ナツキさんの体内から途轍もない量の魔力が噴き出していた。
美しく艶のある赤髪は激しく靡き、着ているロングコートもバサバサと音を立て始める。
するとどうやらリィベイの女部下は、その威圧感に耐えきれず、俺と同じように片膝を床に付けてしまったようだ。
その顔は青ざめており、冷や汗がポタポタとアゴから落ちている。
「も、申し訳ありません、リィベイ様………くっ………」
「かまわん。あの魔力圧を受けて立っていられるのは、選ばれし強者のみだ」
リィベイも目を細め、ナツキさんから吹き出す怒りの魔力を見つめている。
同じ強者同士、何か理解できるモノがあるのだろうか?
俺にはまだ分からない。
………だがあくまでも穿天様の方は冷静だった。
あの鋭い眼光のナツキさんを前にしても、一切怯む様子はない。
「落ち着けぇナツキ。ワシは別に意地悪をしたい訳じゃない」
「なら、なぜ渡せん………!?」
「そら簡単な事だなぁ。その刀は封印してあるんだよ。そしてその封印を解く方法をワシは知らん」
「………なんだと?貴様が封印したのではないのか?」
すると穿天様は続ける。
「ワシは封印の場に立ち会っただけで、封印の解き方は知らん。解き方を知っているのは、たった一人の"人間"だけじゃ。この世で最も強く、ワシにも匹敵するような………」
だがここで再び、リィベイが穿天様の言葉を遮る。
「失礼ですが穿天様、少し喋りすぎです。"あの人"の話は、部外者にするような話ではありません」
「あぁん?実の父親を"あの人"なんて他人行儀な言い方しやがって」
「それも喋りすぎです。先ほどからずっと国家機密を喋ってますよ」
「そりゃあ………あぁん………すまんかった」
意外と素直な反応を見せる穿天様。
さすがに孫には優しくしてしまうのだろうか?
一瞬だがリィベイの祖父としての穿天様を垣間見た気がした。
………って、大事なのはそこじゃないだろ!
穿天様でも封印が解けないって言ってたよな!?
つまりフレアさんの刀の在処は分かれど、それを手に入れる為にはリィベイの父親が必要という事か?
「その~、リィベイのお父様はどこにいるのでしょう?」
俺は当然の疑問を投げかける。
だが何となくの予想通り、穿天様から満足のいくような答えは返ってこなかった。
「それは言えんなぁ。いや、正確には”分からん”の方が正しいかぁ。なにせ今のアイツは旅に出ているんだ。その旅の目的をワシらは知っているが、どの場所にいるかまでは分からん。それはアイツの気分次第だからなぁ」
すると即座にリィベイが、穿天様の言葉に補足を付け加える。
「もちろんだが、父様の旅の目的はお前達には話せんぞ。国家機密だ」
なーにが国家機密だよ。
さっきまでお前達の長がベラベラ喋ってたじゃねぇか。
子供の見た目してるのに、一丁前に大人ぶりやがって。
………だけどまぁ、この件に関しては、これ以上有益な情報は得られなさそうだ。
ずっとナツキさんがピリピリしているし、そろそろこの場から去りたいと思う。
◇
「要件はそれだけか、ナツキィ?」
再び穿天様の低い声が正殿に響き渡る。
どうやら穿天様も、このアポ無しの話し合いに句点をつけたいようだ。
だがその質問を受けたナツキさんは、少し考える様子を見せる。
そして俺もその様子を見て、本来の目的でもある”俺の刀”の事を思い出していた。
もちろんそれは、ナツキさんも同じだったようだ。
「一旦は師匠の刀の事は置いておいてやる。ならば次に聞きたいのは、新しい刀を作る為の素材の話だ」
「あぁん?素材かぁ?………そういや刀鍛冶をやってんだったな、お前ぇ」
すると穿天様は、イスの背もたれから大きな大きな上半身をグッと起こし、身を乗り出す。
どうやら新しい話題に対して、興味を持ってくれたらしい。
「何か良い素材に心当たりはないか?なんなら貴様のウロコでも良いぞ」
案の定それを聞いたリィベイは、刀の柄に手をかける。
だが最初の時のように、殺気を出すような事はしなくなっていた。
おそらくそれは、先ほどナツキさんから噴き出した強大な魔力を、その目で見てしまったからだろう。
安易に手を出していい相手ではないと言う事を、きっと本能が理解したのだ。
そして穿天様の方はというと、生意気な口をきくナツキさんに対して、意外な返答をする。
「ワシの老いた身体なんか、大して役には立たんだろぉ。それよりもだなぁ………」
すると穿天様は、これまでに見せなかったような曇った表情を見せる。
なにか重大な、思い出す事すらも不快になるような光景が、彼の頭の中に浮かんだような表情だ。
そして眉間に大量のシワを寄せながら、重たい口を開く。
「実はだなぁ、新しい【逸れ龍】の情報がある。しかもとびきり上等な逸れ龍だ」
再び正殿内に緊張が走ったような気がした。