87.真の姿
龍牙三闘士、その名を聞いた事だけはある。
龍神王に仕えながら、それぞれ【独自の部隊】を持った三人の龍族の事だ。
それぞれ数十人しかいない一部隊だけでも、一国の軍隊に匹敵するほどの戦闘力を誇ると言われている。
まさに最強の戦闘集団のトップに立つのが、最強の三人・龍牙三闘士という訳だ。
まぁ、そのさらに上に龍神王もいるんだから、いかにスザク大陸およびスザク共和国が安全なのかは言うまでもない。
………話は戻るが、その龍牙三闘士の内の1人・リィベイ。
そいつが今、俺に向けて殺気を放ちながら宙に浮いている。
この息が詰まるほどの威圧感、まさに龍牙三闘士の名に恥じない姿だ。
「これはちょっと………ヤバいかもね」
不自然なほどに頬を伝う、俺の冷や汗。
もはや赤黒い羽を広げるリィベイから、視線を動かす事は不可能だった。
そしてリィベイは一言、俺を見下す形で呟く。
「いくぞ。構えろ」
その声が俺の鼓膜に届く頃には、すでにリィベイの姿は視界から消えていた。
音よりも早い速度で、俺の視界から消えt…………。
【ガキィィインッッッ!!】
背後から突然現れたリィベイの刀を、俺はほとんど無意識で弾いていた!
早い、早すぎる!
魔力感知眼で動きを予測できていなければ、確実に今の攻撃で死んでいたぞ!?
「ほぅ、これも反応するか。やはり貴様、良い目を持っているようだな」
「分析どうも。もうちょっと速度落としてくれないかね?」
「無理な要望だな。今のスピードは、この羽で出せる最遅のスピードだ」
「………この化け物め」
だがリィベイは攻撃の手を緩めない。
再び姿を消したかと思えば、今度は連続で、しかもあらゆる方向から切り掛かってきたのだ!
羽を使って浮遊している分、攻撃の重さも角度も、全てが不規則。
もはや俺の魔力感知眼を持ってしても、少しずつ体のダメージが増えていく事からは逃れられなかった。
「クソッ、見えないし重いなぁっ!こっちは羽なんか生えないんだぞ!?」
「知るか。死ね」
ダメだ、攻撃が重くて体勢が整わない。
カウンターを入れたくても、そもそも刀の角度も整わないのだ。
きっとヤツはそれすら計算に入れて攻撃をしてきている。
俺の刀の刃が自分に向かないよう、全ての攻撃の角度や速さを変えているのだ。
こうなったらもう、ジリ貧で負けてしまうのは明白。
もはや俺に出来る事は、イチかバチかでリィベイの動きを読んで、刀を思いっきり突き立てる事ぐらいだ!
あーあ、こんな時に百雷鳴々があれば、広範囲攻撃で動きを制限して、スキを見て羽を切り落とせただろうに。
なんというか、前の彼女に未練タラタラの男みたいな感情になってしまっている。
………ダメだダメだ!
過去に頼るな、今を生きろ。
今死んだら、何もかもパーだ!
「もうここしかない!何とかなってくれぇえ!!!」
右上方からの攻撃を防いだ俺は、これまでのパターンから推測して、次の攻撃は背後から来ると予想。
そして持ちうる体力を全て使い、刀を最高速で薙ぎ払う事だけを考えた………。
────だがその瞬間だった。
【ガクンッ】
突然力が入らなくなった、俺の右ヒザ。
知らない内に切られていたのか?
………いや違う、血は出ていないし、痛みもない。
これはもっと根本的な、この模擬戦が始まる前から感じていたモノ。
そう、疲労だ………!!
剣竜アテラ戦のダメージは完全には癒えていなかった。
なのに俺は、慣れない刀で魔王軍幹部・シェルドムートと戦った。
ナツキさんがいる手前言えなかったが、実はあの時から俺の体はとっくに限界が近かったようだ。
初めから、こんな強い相手と戦えるような状態ではなかったのだ。
「思ったより早い限界だったな。死ねサン・ベネット」
俺の予想通り、リィベイは背後から突き刺すような型で、俺に鋒を向けて接近してくる。
あぁ、本当にここまでのようだ。
もう足に力が入らないんじゃ、どうしようもない。
………だけどせめて、俺の命をかけてでも一矢は報いてやる!
リィベイだけは、絶対に俺と一緒に死んでもらう。
それがナツキさんに見せられる、俺の最後の仕事だ!!
「あぁぁぁあああ!!」
鉛のように重たくなった体で、いや、もはや腕だけで、俺は迫り来るリィベイの首元へ刀を突き立てて………。
【そこまでだぁあああああ!!!!!】
突如空間を揺らした、低く野太い声。
正殿に並ぶ大きな柱も、ビリビリと振動する程に圧のある叫び声だった。
もちろんそれ。発したのは、龍神王・穿天様だ。
「もういい。お前らぁ、本当に殺そうとすんじゃねぇよぉぉ。強くなりたいなら、自分を律する所から始めねぇかぁ?」
そう言われている俺達はというと、今まさにお互いの首元へ刃を向けている。
穿天様があと0.5秒止めるのが遅ければ、きっとどちらかが、下手をすればお互いが致命傷を負っていたかもしれない。
いや………リィベイの硬い皮膚に、俺の安い刀は通らない。
結果的に負けていたのは俺の方だけかもしれないな。
「リィベイよ。サンがいくらか戦えるって事は、最初の数秒で分かっただろぉ?なのに羽出して、普通に戦いを楽しみやがってぇ」
「さすがに見抜かれていましたか。久しく実戦をしていなかったモノで、つい興奮してしまいましたね」
そう淡々と言い放ったリィベイ。
そしてゆっくりと羽を動かし、再び床へと着地していた。
どうやら羽は自由自在に出し入れできるようで、引越し業者もビックリな折りたたみスピードで、羽を体内へと戻していた。
だが対する俺は、既に限界だ。
アテラ戦・シェルドムート戦での疲労が、ここに来て一気に出てきたようだ。
「やばい、コレは立てないぞ………」
片膝をついたまま、ゼェゼェと息が上がる。
さすがにリィベイの猛攻を凌ぎ切った身体は、立つ事すらままならない様子だった。
だけど生き残った!俺は死ななかったぞ!
確かにリィベイの攻撃は正確かつ、凄まじいものだった。
スキルや真の姿を見せていないにも関わらず、本当に殺されるかと思った程だ。
だがあの”剣竜アテラ”との戦いを経たおかげか、俺はリィベイの攻撃に臆する事なく戦えていたのだ!
少しずつだが強くなっている、そんな実感を得られた模擬戦だったように思う。
「サンだったかぁ?お前がある程度戦える人間だってのは、よーく分かったぁ。ワシの孫が殺しかけて、すまんかったなぁぁ」
すると模擬戦の一部始終を見ていた穿天様は、頭の後ろをかきながら俺に謝罪をしていた。
あの龍神王の穿天様が、たかが人間如きに謝罪をしたのだ。
最初は俺にとって恐怖の対象でしかなかった穿天様。
だけど今となっては、ただの心優しい化け物って印象だ。
結局この正殿に入るまでに感じていた殺気も、リィベイのモノだったしな。
もちろん雑な所はあるけど、信頼はしても良さそうだ。
………まぁナツキさんが穿天様に嫌悪感を抱いているけど、まぁ、おいおい解決していこう。
すると、そんなナツキさんが久しぶりに口を開く。
「分かったか穿天?サンが場違いな存在ではないという事は。それでは、もう一度確認するぞ。フレア師匠の刀はどこだ?いや、もう単刀直入に言おう。フレア師匠の刀を私達に渡せ。それが私達の要件の全てだ」
ナツキさんが言い放った、再びの無礼な発言。
それを聞いていたリィベイも、鞘に収めかけた刀を再び抜こうとしている。
だがそれをスグに制止したのは、穿天様の方だった。
「やめいリィベイ。3度は言わせるなよぉ?………ナツキぃ、お前の要件は理解した。だからワシも結論から言う事にしよう。フレアの最後の刀は………渡せんなぁ」