83. 穿天様
自分が地下にいることを忘れてしまうよな、そんな発展した街並み。
視界の両端にズラッと並んでいる木造2階建ての宿では、男と女の交わる声が漏れ出ている。
魔力感知眼で見る限り、まぁ”そういうサービス”が行われているのは間違いなさそうだ。
ちなみにサキュバスといえば、夢の中で”そういう事”をするので有名かもしれないが、ここで働いているサキュバスは、夢だけではなく現実でもサービスを行っているらしい。
どうやら長年シージェンで仕事をしている影響によって、サービス自体も変わっているようだ。
だがコレはあくまでも”憶測”だ。
だって俺がサキュバス事情に詳しかったら、ナツキさんに殺される可能性が高くなるからね。
多弁は損をするってヤツだ。
「着いたぞ。ここがシージェンの中心・龍宮城だ。本来なら貴様らのような下賎な人間が入れるような場所ではないのだ。龍神王に感謝して、この城の地を踏め」
すると目の前で先導してくれていた緑髪の軍服男は、再び足を止めて俺たちに説明してくれていた。
最初は殺意むき出しだったコイツだが、何だかんだシッカリと案内してくれている。
おそらく根は真面目なのだろう。
それにしても、近くで見る城は相当に大きい。
高さはそこそこだが、とにかく横にグワッと大きく広がっているのだ。
翡翠色と紅色が良いバランスで混じった外装は、おそらく観光地にもなり得る程に美しかった。
………だが間違いなく、この城の中には”ヤツ”がいる。
遥か先から殺気を飛ばして来た、あの龍神王の野郎だ。
「行きましょうナツキさん。何かあったら俺が守ります」
「君は武器を持っていないだろ。君が私の後ろを歩け」
「いやいや、武器じゃないです。気持ちの問題ですよ」
「………好きにしろ」
半ば呆れたように言い放ったナツキさんは、結局俺の後ろを歩いていく事になった。
いよいよ俺たちは、城へと足を踏み入れていく。
◇
「スンチェン様、おかえりなさいませ」
「ご苦労様ですスンチェン様。食事の準備はいつでも」
「これはスンチェン様、失礼いたしました」
俺たちが進んでいく城の内部では、外の宿屋と変わらない事が行われていた。
防音こそされているようだが、色んな部屋から欲望にまみれた魔力が滲み出ているのは丸見えだ。
だがそれと同時に、城の廊下を忙しなく歩く従業員の者達は、緑髪の軍服男の顔を見るなり、全員が土下座をして道を開けていた。
それは仕事を終えたばかりのサキュバスでも同様だ。
どうやらこの緑髪の軍服男、いや、スンチェンと呼ばれているコイツの地位はかなり高いようだな。
周りの反応を見れば、一目瞭然だ。
だがそのスンチェンが直々に引き連れている俺たち夫婦に対しては、周りの目は冷たかった。
おそらく雰囲気からして”正式に招かれていない者達”というのはバレているんだろうな。
もしスンチェンがいなければ、とっくの前に襲われているだろう。
「この上に立て。これから龍神王様の正殿へと飛ぶ。絶対に動くなよ」
するとスンチェンが俺たちに向かって指示を出していた。
彼の指差す先には、鉄のようなモノで出来た丸い円盤が、地面に置かれていた。
人が最低五人は乗れるような大きさである。
ちなみに周りには、俺たち三人以外には誰もいない。
いつの間にか到着していたこの部屋は、どうやら城の一階の最奥の部屋のようだ。
「乗るぞサン。いよいよ龍神王とのご対面だ」
後ろからナツキさんが語りかけてくる。
どうやらこの円盤に乗れば、いよいよ俺たちの目的地へと到着するらしい。
「ワクワクしてきましたね」
「ならまずは、その手の震えを止める事だな」
そう言い合いながら鉄の円盤に乗った俺たち。
すると同時に身体を包んでいたのは、下の円盤から発せられる青白い光だった。
【シュゥイイインッッ!!】
風を切るような、激しい音が室内に響く。
どうやらこの円盤には、特殊な術式が施されていたらしい。
気付けば俺たちの視界は真っ白に包まれ、そのまま肉体ごと別の場所へとワープさせられているのだった。
◇
「ん?どこだここは?ワープは成功したのか?」
まず俺の視界に広がったのは、太い柱が左右に何本も並んでいる、薄暗い神殿のような場所だった。
床には赤い絨毯がタテに伸びており、見た事のない模様がいくつも刺繍されている。
何かハーブのような独特の香りも、鼻の奥にツンと入ってきた。
そして右隣には、麗しきナツキさん。
その表情を見る限り、どうやら彼女の視線の先に”ヤツ”がいるのは間違いなさそうだった。
「久しぶりだな、龍神王。いや、穿天という立派な名があったか」
そう言い放ったナツキさん。
その視線の先には、とてつもない大きさの玉座に座る、正真正銘の龍神王が鎮座していた。
「………おぉ、やはりお前だったかぁ。懐かしき魔力、赤髪。そしてあのフレア・ベネットと共に過ごしていた子供よぉ?」
これが、スザクの龍神王・穿天様っ!!
まず最初に思ったのは、シンプルにデカいって事だ!!
今の彼は座っているはずなのだが、それでも見上げてしまうほどの大きさ。
おそらく立てば10m近くはあるだろうし、控えめに言って化け物だ。
そして頬杖をつく彼の腕は、まるで丸太のように黒く太い。
漢服のような衣装から見える”はだけた胸元”も、どれだけの苦難を乗り越えたのかも想像できないほどに厚く、そして傷だらけだった。
見たことのない刺青のようなモノも見える。
まさに王と呼ぶべき貫禄、そして天を突き抜けるような威圧感。
かなり老いている様子ではあるが、俺やナツキさんが戦って勝てるビジョンは、正直言って一ミリも浮かばない。
「………ゴクッ」
俺は無意識に生ツバを飲み込んでいた。
生物としてあまりに格が違いすぎる。何もかもが違いすぎる。
一瞬たりとも気を抜くな。気を抜いた時点で、俺の生命は活動を終えてもおかしくはない。
だから一瞬たりとも………あれ?
「ガウッ!!ガウゥッ!!」
全ての神経を100パーセント穿天様に向けていた影響なのか、俺は寸前まで気付かなかった。
白いモフモフした毛並みの”白虎”が、隣のナツキさんに襲いかかっていたという事に!