82.龍宮城
俺たち夫婦の前を歩く、軍服のようなモノを着た龍族の一人。
先ほどまでは俺たちに向かって敵意を見せていた彼だが、今は無防備な背中をコチラに向けて、ズンズンと突き進んでいく。
「ナツキさん。このまま付いていって、大丈夫なんですか?」
思わず俺は、小声でナツキさんに問いかけていた。
なにせ先ほど洞窟の奥から”とてつもない魔力”を感じた俺は、少しだけ進むのが怖かったのだ。
魔力が流れ込んできたのは数秒だったにも関わらず、あの感覚を思い出すだけで冷や汗が出てくる。
そんな化け物が、この先に間違いなく存在しているのだ。
だがナツキさんは、先ほどとは別人のように冷静だ。
おそらくだが、本来の目的へ辿り着ける確信を得られたが故に、腹を括れたのだろう。
「この先に龍神王がいるのは確かだ。行くしか無いだろう」
ナツキさんは少しも臆する事なく、ただ広い洞窟の先を見つめていた。
ちなみに俺たちが進んでいる鉄扉の向こう側は、決して”岩壁だけが続く退屈な道”という訳ではない。
なにせ先ほどの大きな鉄扉は、本当の”欲の街”への入り口でしかなかったのだから。
「これは………とんでもない所に入っちゃったな」
俺の視界に広がるのは、壁に造られたいくつものステージに佇む、何十体ものサキュバスの姿だった。
まさに淫靡という言葉がピッタリな雰囲気を漂わせる彼女達。
だが彼女達は、隣にナツキさんがいるにも関わらず、俺だけに向けて舌なめずりや隠部を見せると言った誘惑をしてきていた。
おそらくコレは、ここに入ってきた客に指名してもらう為の前段階。
もしかすると、雰囲気作りも兼ねているのだろうか?
きっとここに”正規の許可”を得て入って来た客達は、ここでサキュバスを指名して、この先に連れていく事も出来るのだろう。
それにしても、先ほど通って来た安い風俗街とは違い、ここにいるのは”顔やスタイル”だけでなく”魔力量”もレベルが高いサキュバス達だった。
おこらくここは、各国のお偉いさんや金持ちだけが入れる、特別なVIP空間なのだろう。
………ここまでくると、さすがに嫌な空気だ。
純粋な性欲を超えた先にある、もっと汚らしい大人の欲の匂い。
クソ、吐き気がしてくる。
これを”甘美”と感じられるかどうかが、きっとコチラ側に入り浸れるかどうかの境界線なのだろう。
俺は勝手にそう解釈していた。
「魔族ごときが、私の男に色目を使うな………ッ!」
「ん………?ナツキさん、何か言いました?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ」
独り言?珍しいな。
本当に何を言っているのか聞こえなかった。
でもなんか急に、サキュバス達の顔が引きつったような気がする。
何体かは泡吹いて倒れ始めたけど、どうかしたのだろうか?
まるで蛇に睨まれたカエルのように、体が硬直している者も多い。
………まぁ大変な仕事だろうからな。
体調を崩す事も、よくあるのだろう。
ちなみに軍服男は、後ろで倒れていくサキュバス達には気付いていない様子だった。
ただ単に気付いていないだけのか、はたまたコレが日常なのかは、俺には到底分からないのだが。
◇
しかし冷静に考えてみよう。
今この空間において一番おかしいのは、ここに夫婦でやって来ている俺たちじゃないのか!?
さすがに、なんというか、高度なプレイを嗜む変態だと思われているのではないか?
なんか、ナツキさんに申し訳なくなって来たな。
少なくともナツキさんの事を”そういう目”で見られているかもしれないという事実が、俺の腹をフツフツと煮えたぎらせていた。
この案件、出来るだけ早く終わらせないとな。
「ごめんなさいナツキさん。俺の刀のために、こんな所に連れて来てしまって」
「サン、何か勘違いしているぞ。私は自分の意志でここに来ているのだ。むしろ私がココに連れて来たのも同然なのだ。気を使わせてしまって、すまなかったな」
「いえ、そんな………」
俺は彼女の優しさに甘える事しかできなかった。
だがそんな気持ちなど無視するかのように、とうとう眼前の景色が変わり始める。
これまでよりもさらに広い、まさに”秘密の箱”と呼ぶべき大洞窟の大空間が、眼下に広がっていたのだから!
「………こんな地下に、街があるだと!?」
思わず俺は声を漏らす。
なにせ突然広がった眼下の大空間には、非常に大きな"中華風の横長の宮殿"を中心とした街が形成されていたのだ!
しかも中心にある”中華風の横長の宮殿”に関しては、クローブ王国の首都・ランドーンの洋風の城にも引けを取らない荘厳さを兼ね備えていた。
それを見ただけでも、いかにこの都市が発展しているのかが一目で分かったような気がする。
そして俺たちを案内してきた緑髪の軍服男も立ち止まり、眼下に広がる都市に向けて手を広げ、とうとう俺たちに言い放つ。
「ここが俺たち龍族の治めるスザク共和国の首都・シージェンの最重要地区。そしてあの中心にあるのが………我らの神がおわす龍宮城だ!」
街全体から溢れ出る”欲に溺れたような魔力”は、俺の左目には濁って映っている。