81.龍神の誘い
「栄真殿………ではないだと!?」
突然意味不明な事を言い出した目の前の男は、主にナツキさんの顔を見て驚いている様子だった。
誰だコイツは?どこかで見たような気がしなくもないが…………。
いや、そんな事よりもハッキリしている事がある。
それは、この男の異常な程の強さだ。
俺の”魔力感知眼・解”は、コイツがとてつもなく強い”龍族”である事を示してくれている。
「ナツキさん、この人は一体何者だと思います?」
「魔力の感覚が”龍神王”に似ているからな。おそらく龍神王の息子か何かだろう。見た目からしても、血がつながっている事は間違いない」
そう、ナツキさんの言う通り、男の容姿は特殊だった。
一見俺たちと同じ人型のように見えるのだが、緑の髪が生える頭部からツノのようなモノが2本生えており、腕や首元には緑色のウロコが見え隠れしている。
まさに人間と龍のハーフといった感じの見た目だ。
ちなみに黒い軍服のようなモノを着ており、足元は黒と赤のブーツを履いている。
そして軍服の上からでも分かるほどに体は厚く、日頃からシッカリと鍛えているのは一目瞭然だった。
「もう一度問うぞ、貴様らは何者だ!?」
すると痺れを切らしたのか、再び軍服男は俺達に向かって、語気を強めにしながら問いかけてきていた。
既に向こうは太い刀も抜いて、刃を俺達に向けている。
答えには細心の注意を払わないとな。
「えっと、俺達は龍神王………」
だが俺が軍服男の質問に答えようとした、その時だった。
横からナツキさんが、ハキハキとした声で割り込んできたのだ。
「おい、龍神王の子よ。私は冗談でも武器を向けられるのが嫌いだ。死にたくなければ、早く刀を下ろせ」
あー、ナツキさん、あー………。
どうやらピリピリとした状況になったせいで、変なスイッチが入ってしまったようだ。
まったく、この場面で”死にたくなければ”とか言っちゃダメでしょ!?どこでそんな危ない言葉を覚えて来たの!めっ!!
………だが意外にも、軍服男の反応は俺の予想とは違っていた。
「やはりその殺気と魔力、そして赤い髪………!全てが栄真殿と似すぎている!
おい、赤髪の女ぁ!貴様は一体、何者なのだっ!!?」
やはり軍服男が気になるのは、ナツキさんの方らしい。
俺には目も意識も向けず、ただひたすらにナツキさんの正体を気にしている様子だ。
それにしても、さっきからコイツが口にしている”エイシン”とは誰のことなんだ?
歴史書の”人魔会戦”に出てくる”伊勢栄真の事か?
いやいや、人魔会戦って直近でも800年ぐらい前の事だぞ。
そういえば龍族は長生きって聞いたことあるから、コイツは昔の誰かと勘違いしている可能性もあるのか。
とにかく、ナツキさんが謎の勘違いをされている事だけは間違いなさそうだ。
「ナツキさん、一旦落ち着いてください。俺達は争いに来たんじゃないでしょ。それにコイツ、相当な強さですよ。少なくとも無傷で倒せるような相手じゃないです。穏便に行けるなら、穏便に行きましょう」
俺はナツキさんの左肩にそっと手を置き、まずは落ち着くように促した。
するとナツキさんも大人だ、さすがに先ほどの言動は反省したらしい。
「そうだな、すまない………。私が龍王の事を信頼していないせいか、少し頭に血が昇ってしまった」
そしてナツキさんは、大きく息を吸って深呼吸をしていた。
どうやら一旦は落ち着きを取り戻してくれたようだ。
さて、じゃあ残る問題は軍服男をどうするかなのだが………。
────だがそう考えた矢先だった。
その恐怖は、何の前触れもなく、突然訪れる。
【ゴゴォォォオオ】
開いていた鉄扉の奥から、途轍もない圧の魔力が流れ込んできていたのだ!!
もちろん軍服男の魔力ではなく、もっと遥か先から流れ出てくる魔力だ。
な、なんだよこの魔力………。いや、そもそも本当に魔力なのか?
脳みそがこれを魔力と理解する事を拒否しているのが分かる。
それほどまでに、全身すべての細胞が恐怖を感じるような魔力なのだ。
やばい、死ぬ。思うように息ができない。
ありえない、こんな魔力を持つヤツが、この先にいるっていうのか!?
殺される殺される殺される殺され………。
「サン、息を吸え!私を見ろっ!!」
「………ハッッ!!」
突如広がった視界。
どうやら俺は、失神する寸前までいっていたようだ。
そして俺の正面でヒザを突き、俺の両肩を握るナツキさんの姿が目に入る。
その瞬間、俺はまだ生きていたのだと実感する事が出来ていた。
「ナツキさん。はぁ、はぁ………。い、今の魔力は一体!?」
「分からないか?おそらくヤツだ。間違いなくヤツが誘ってるんだ」
そして額に汗を滲ませるナツキさんは、後ろを振り向いて軍服男に向き直る。
するとそれを確認した軍服男も、まるで先ほどとは別人のように、俺達に向かって言い放つのだった。
「お前達、ついてこい」
そしてクルッと踵を返した軍服男は、それ以上は語る事はせず、とうとう洞窟の奥へと歩き始めているのだった。