80.扉の先にいるのは
シージェンの山峡に並ぶ飲食店は、日中でも賑わいを見せていた。
客層で言うと、ほとんどが冒険者。
あとは観光客がチラホラ見えるといった所か。
そして治安維持のためか、所々に【龍族】に雇われたであろう兵士も常在していた。
この世界における龍神王の血、すなわち龍族の血はとても貴重だ。
それこそ"王族の血"とも言い換えられる。
その龍神王の血を持つ者は、漏れなくシージェンの要職に就いているし、とてつもない戦闘力も持っている。
普段は人型に近い姿で生活しているらしいが、俺の記憶が確かなら、龍の姿にもなれるって話だ。
それこそ俺が昔に討伐した空飛ぶ雷光龍は、その龍族の内の1体だった。
ちなみに、どうして龍神王の血を持つ雷光龍を討伐するクエストが出たのか?
それに関しては話が長くなるから、また別の機会に話すとして……。
「美味しかったですねナツキさん!クローブ大陸では中々食べられない料理ばっかりで、食べ過ぎちゃいましたよ」
山峡の繁華街を歩いている俺達夫婦は、一通りの料理を食べ終えてから、奥へ奥へと進んでいた。
それにしてもシージェンの料理というのは、前世でいう”中華料理”のような感じだな。
味や油は濃く、独特の香辛料が食欲をドンドンと引き立たせてくれる。
まさに”中毒性”という言葉がピッタリの料理だ。
「あぁ、最高の料理の数々だった。毎日食べるとなると重たいかもしれないが、定期的に食べる分にはこれ以上ないほどのご馳走だった。あれはサンも作れるのか?カルマルに戻っても作れるのか?」
「うーん、どうでしょうね。素材さえ揃えば、ある程度近づける事は出来ると思いますよ?香辛料は特に重要ですね」
「そうかっ!なら帰りに買って帰らないとなっ!!」
美味しい料理のことになると、いつもよりも3割マシでテンションが高くなるナツキさん。
こうやって近くで喜んでくれる人がいると、料理する側としても嬉しいモノだ。
ぜひナツキさんが満足のいくシージェン料理を考えておこう。
◇
シージェンの山峡を進んでいくと、徐々に飲食店の数は減ってきていた。
そして気付けば頭上に空は見えなくなり、山峡から洞窟のような場所へと入っていく。
ちなみに飲食店は減っていくとは言ったが、それとは反対に、徐々に増えていく店も存在する。
そう、それは主にサキュバスが働く風俗店だ。
桃色の看板が増え始めたと思えば、洞窟の壁面に建っている店の奥から、こちらを手招きするサキュバスのお姉さんが目に入ってくる。
俺の顔を見ては舌なめずりをして、心も体も誘惑しようとしてくるのだ。
マッサージ、SM、ソープ…………。
あらあら、ここでは口にできないようなサービスの数々が、夢の中にも夢の外にも広がっているらしい。
俺は生唾をゴクっと飲み込む。
もちろん隣を歩くナツキさんには悟られないように必死だ。
「サン、周りをキョロキョロしすぎじゃないのか?まさか、店に入りたいと思っている訳ではあるまいな?」
「ふ、ふぇ!?そ、そんな訳ないじゃないですか。いきなり襲われたりしないように警戒しているだけですっ!!」
「そうか。ならさっき紫色の下着を付けていたサキュバスの女を3秒間も見つめていたのは、ヤツが危険だと思ったからなんだな?」
「確かにあの下着は危険で…………。あっ違、そうです!あのサキュバス、なぜか俺だけに殺気を向けてたんです。いやぁ、シージェンは怖い場所ですね、本当に!!」
そう答えた俺に対し、ナツキさんは遥か上から俺を見下ろしていた。
その目には当然光など無く、前髪の影に隠れているのも相まってか、さながら殺人鬼のような目になっている。
「私たちは龍神王に会いに来たのだ。遊びに来たのではない。断じてだ」
「わ、分かっております。肝にも股間にも命じております…………」
「…………切り落とすぞ?」
「えぇ!?ナニをっっ!?」
突如俺の下半身に向けられた殺気……!
俺は咄嗟に両手でアソコを覆い隠していた。
これ以降、視線を正面から一切動かすことをやめた俺は、ただひたすらに洞窟の奥へと邁進していくのだった。
◇
風俗街を抜けると、いよいよ両サイドに滝が流れている場所にたどり着いていた。
先ほどまでの華やかさとは打って変わり、ここは殺風景な洞窟そのものって感じの雰囲気だ。
だが自然の洞窟とは言えない部分が、ただ一つだけある。
それは真正面にドンッと構えている”大型の鉄製の扉”だった。
洞窟の形に沿って作られた鉄扉の大きさは、縦が50m・横は80mぐらいだろうか?
使われている鉄の質などを見ても、絶対に関係者以外は立ち入らせないという強い意志を感じさせる。
だが見方を変えれば、この奥はシージェンにおいて最重要の場所という事でもある。
そう、つまりは俺達の目的でもある”龍神王”がこの先にいるのだ。
「ここからが本番って感じですねナツキさん。でもどうやってここを通るのか…………。門番がいますし、許可を貰わないとダメそうですね」
すると俺の提案に対して、ナツキさんは当然のように刀の柄に手を置いていた。
そしていつもの凛々しい声で衝撃の発言をする。
「よし、壊すか」
俺はたまに、この人は悪魔族なんじゃないかと錯覚する時がある。
何とも恐ろしい作戦を、さも当然のように遂行しようとしているのだから当然である。
「ちょちょちょ!?待ってくださいナツキさん!!みんな生き埋めになるでしょうが!?シェルドムート戦から何も学んでないんですか!!?」
「シェルドムート戦………あっ。いや、冗談に決まっているじゃないかサン。扉を壊そうなんて、本気で言っている訳ないだろう?」
ウソだ。だって”あっ”て言ってたもん。
もう俺がこの人の手綱を握っていないと、知らない間に世界が滅びてもおかしくなさそうだ。
────だがそんなやりとりをしている内に、突然鉄扉から”ガチャンッ”と大きな音が鳴っていた。
それはまるで、カギが開いた時の音だ。
【ゴゴゴゴゴゴ…………】
いや、どうやら本当にカギが開いた音だったらしい。
何と目の前の巨大な鉄扉が、重低音な響きと共にゆっっっくりと観音開きを始めていたのだ!!
すると気圧などの関係なのか、背後からドンドンと風が吹いてくる。
まるで引き返す事を許さないような強風が、俺達の背中を強く押していたのだ。
「勝手に開いたな…………」
「勝手に開きましたね…………」
このように困惑している俺達だったが、スグに視線の先に立っている男の存在に気付く。
もちろんそれは門番ではない。
もっと遥か先の高みに上り詰めたであろう、龍王の血を”多く持っている”であろう戦士だった。
だが彼は俺の、いや、ナツキさんの顔だけを見て表情を曇らせる。
どうやら彼にとって、ナツキさんの存在は予想外だったようだ。
「栄真殿………ではないだと!?」
驚いたように言い放つ龍族の男は、腰元に携えた刀身の太い刀を鞘から抜き、俺達に向かって刃を向けるのだった。
「えーっと、ナツキさんの知り合いですか?」
「いや、知らんな。また面倒な事になりそうだ」
大きなため息をつく俺達夫婦は、果たして無事に龍神王の元へと辿りつけるのだろうか?