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76.初めての夜

「ロードアギトとアイデンクロースは忘れずに持ったか?」


「もちろんですナツキさん!忘れ物無しですっ!!」



 城塞都市テザールの上空において、元魔王軍の暗黒五郷(レイトピア)の1人・シェルドムートを撃破した俺たちは、街に落ちていくガレキの処理もそこそこに、テザール鉱山内へと戻っていた。


 とはいえガレキを処理してくれたのは、ほぼ全てナツキさんだ。

 なにせ俺には刀がない。

 柳さんに借りた刀すら、シェルドムートに消し飛ばされたのだ。


 さーて、柳さんには何て言い訳をしよう。この歳になって怒られるのはイヤだからな。

 まぁ、ナツキさんに怒られるのは嬉しいんだけど。


 あっ、念のため言っておくが、俺は決してドMなどではない。

 ただナツキさんに怒られたいだけの変態だ。そこはハッキリしておきたい。



 ……まぁ今はそんな事どうでもいい。なにせ俺たちは柳さんの言っていた”刀鍛冶フレアの製法”に必要な鉱石・ロードアギトとアイデンクロースを手に入れたのだ!

 この二つを持って帰れば、いよいよ柳さんから"世界最高の刀に繋がる製法"を教えてもらえるだろう。


 とはいえ俺の刀作りに関する知識は皆無に等しい。

 結局覚えて帰るのがナツキさんになってしまうのは、何ともおんぶに抱っこな状態である。


 とはいえ俺も焦っているのだよ?

 なにせ旦那としての威厳が著しく下がっているような気がするからだ。

 今回のシェルドムート戦だって、結局ナツキさんのサポートがなければ、何も上手くいってはいなかっただろう。


 久しぶりに心の底から”強くなりたい”と思う自分に気付いた昼下がりなのだ。



「さぁ着いたぞサン。…………柳先生!言われた通りの鉱石を持って帰りました」



 だが俺の本心など知る由もないナツキさんは、30分ほど歩いて戻ってきた柳さんの工房の扉を開けていた。

 相変わらず湿気の多いジメッとした場所だが、どうせ明日にはこの街からは出ていく予定だ。多少の環境の悪さは我慢しよう。



「まさか君たち………いや、そんな馬鹿な。あそこには魔王軍の幹部がいたのではないのか?」



 すると、当たり前のように工房へと帰ってきた俺たちを見た柳さんは、まるで死者が蘇ったかのような目で俺たちを見つめていた。


 でも確かに、これまで数百人の騎士団員や冒険者が鉱山に行って、帰ってこなかったのだ。驚くのも無理はないか。

 実際鉱山内には魔王軍のガチ幹部がいたワケだし、実は結構すごい事をサラッとしてしまったのかもしれない。


 でもとりあえず、簡単にここまでの経緯を説明だけはしておくか。



「いましたよ、魔王軍幹部!でも僕らは元Sランク冒険者な上に、ナツキさんは魔王を………」


「魔王を?」



 ここで俺はハッとする。

 その理由は、柳さんの間違った歴史認識にあった。


 なにせ彼は、魔王を倒したのは”クローブ王国騎士団”だと誤解している側の人間なのだ。

 もしここで俺が”ナツキさんは魔王を倒した張本人ですから、幹部1人倒す事なんて朝飯前ですよ”なんて言ってしまえば、色々と面倒臭い事態になりそうだと本能で悟ったのだ。


 とりあえず俺はナツキさんに、アイコンタクトで必死に”困っています”の合図を送る。

 頼む、俺のラブパワーで伝わってくれ………!!



「急に私を見つめて何事だサン?………あぁ、そういう事か。まったく世話のやける男だ」



 するとナツキさんは、呆れた様子で俺の止めた言葉の補足を始める。

 まぁ補足という名のウソなのだが。



「柳さん、私から説明シマス。私もかつて魔王軍と戦った事があったので、たまたま弱点を知っていたダケデス。それに今回はサンの活躍がなければ私は死んでいたデショウ。いやぁ本当に手強い相手デシタヨ」



 笑ってしまうほどの棒読みで話すナツキさん。

 ウソをつくのが下手すぎるのか?確かに真面目だもんなこの人。

 なんか分からないけど、面白い。


 ………あっ、ヤバ。ナツキさんが殺人鬼みたいな目で俺を睨んでいるっ!

 ご、ごめんなさいナツキさん!

 助けてもらったのに、棒読みが面白くて笑ってしまい、本当にごめんなさい!



「サン、後で覚えておけ。…………とりあえず柳先生、話を進めましょう。この二つの鉱石があれば、私のフレア師匠の製法を教えていただけるのですよね?」


「あ、あぁ。そうだな。まさか本当に持ってこれるとは思っていなかったが……。とにかく、君たちが本気で刀を作りに来たというのは十分に理解した。教えよう、フレアの残した最大の功績を」



 そしてとうとう柳さんは、重い腰を上げてフレアの製法について話し始めるのだった。

 だが俺にとっては、まったく理解できない専門用語を聞き流すだけの時間にしかならなかったのだが。


────


「それでは私たちはこれで失礼します。柳先生、色々とご教授いただきありがとうございました」


 全ての製法を聞き終えたナツキさんは、ウトウトとしていた俺の頭を引っ叩いた流れで、そのまま工房を後にしようとしていた。

 どうやら、ここで得られる情報は全て得たようだ。



「いや、むしろ感謝するのは私の方だ。ナツキ・リードとベネットの名を持つ者よ。死んだも同然の老人に、君たちは希望を残してくれた。もう少しだけ、ほんの少しだけ刀と向き直ってみる事にするよ。

 君たちの言葉が本当なら、テザール鉱山も再び活気を取り戻すだろうしな」


「えぇ、それがいいと思います。アナタにはまだやるべき事は残されていると思いますよ。それでは柳先生、またどこかで」



 こうして俺たちは柳さんに見送られながら、テザールの大通りへと戻っていくのだった。

 とりあえず俺が失くした刀の事はバレずに済んだ。

 怒られなくて一安心といった所か。



 それにしても、柳さんと再会してからこの夕暮れまでの数時間に、本当に色んな事を知った気がする。


 分かっているつもりではあったが、やはりナツキさんは本当に魔王軍と戦ってきた歴戦の冒険者である事。

 フレアというナツキさんの師匠のファミリーネームが、俺と同じ”ベネット”だった事。

 そして百雷鳴々は、特殊すぎる製法で作られた失敗作だったという事。


 どれも大きなトピックだからな。

 完全に消化するには、少し時間がかかりそうだ。


 あぁ、そういえばもう一つ新たに決まった事がある。

 それは次の目的地が”スザク大陸の首都”になったという事だ。


 とはいえ詳しい経緯は明日にでも思い出そう。

 だって今日残されているミッションは、テザール2日目の夜をまったり過ごす事だけなのだから!


 うん、さすがに色々あった影響で疲れた!休みたい!休養万歳ってヤツだ!

 昨日のナツキさん酔っ払い事件のような悲劇は、絶対に起こさないと心に誓う俺だった。



「サン、そういえばさっき何を買ったんだ?」


「あれですか?キャラメルの素材ですよ。ここから長旅になりそうなんで、明日の朝に手作りしようかと思いまして」


 現在の俺たちは、夕食を終えた流れで、今夜の宿へと戻っていた。

 鉱山の魔者を倒したとはいえ、いきなり街の活気が戻るワケでもない。

 案の定、昨日と同じ宿はスグに取れたのだ。


 ちなみに相部屋である。まぁ夫婦だから当然だよね?

 しかし残念ながら、ベッドは別々だ。


 今はお互いのベッドの上で横になり、灯りも消している。

 視界に映るのは、殺風景な天井だけだ。



「キャラメル?カラメリスのようなモノか?」

「あ、そうです!あの甘くて柔らかいお菓子です。一度食べたら止まりませんよ」



 俺は無意識に”キャラメル”と言っていたが、キャラメルは前世での言い方だったな。

 この世界ではカラメリスと呼ばれていたのを忘れていた。

 まぁ別にどっちの言い方でも問題はなさそうだけどね。


 だが意外にも、ナツキさんの方からキャラメルという呼び方に食いついてきた。



「キャラメルという響きは良いな。私も使ってみよう。ところでキャラメルとは、ニホンという地域の呼び方か?フレア師匠の出身でもあるニホンだ」


「そうです………ね。そうだと思います」



 実際にはキャラメルの語源など知らない。

 なんかイメージ的にヨーロッパ発祥っぽいけど、そんな事言ってもナツキさんに伝わるはずもないからな。

 グッと前世の記憶は飲み込む事にする。


 それにしても幸せな時間だ。どうでもいい事をダラダラと話しながら過ごす夜。

 昨日のナツキさんは、酔っ払ってスグに眠っていたからな。


 だからお互い起きたまま、同じ部屋にベッドを並べて眠るのは…………あれ?


 チーリン山脈の小屋で眠った時は別々の部屋だったし、アテラ戦の後は病院で1人眠っていた。

 そして昨日はナツキさんが、酔った影響で先に寝ていた。


 つまり、こうやって同じ部屋で一緒に寝ようとするの、初めてじゃね?


【ドクンッドクンッ】


 不自然に高まり出す心臓の音。

 あ、ヤバい。なんか緊張して来た。

 ずっと隣にいたはずなのに、環境が変わっただけで急に緊張感が高まってきた。


 多分ナツキさんの方は気にしてないだろうけど、一応彼女のベッドの方をチラッと見てみよう。



「「…………ハッ」」



 お互いが同じ言葉を発する。だがそれは仕方のない事だった。

 なぜならナツキさんも、俺のベッドの方を見つめていたのだ。

 そして思いっきり目が合ってしまったのだ。


 何を言えばいい、何をすればいい。

 俺の脳内には、幾千もののパターンが駆け巡る。

 だが最終的に絞り出したのは、純粋な欲望に従った故の答えだった。



「そ、そっち行っても………いいですか?」



 その答えがYESだったのかNOだったのか、それは俺だけが知っていればいい。



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