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68.綱天四陣の絶望

綱天四陣(こうてんしじん)


 それはこの世界に4人しか存在が許されない、刀鍛冶における最高の称号である。

 だがその称号を得るには、例え特級鍛冶の資格を取ったとしても、特級鍛冶として何十年も活躍したとしても与えられる事のない、いわば選ばれし4人のことなのだ。


 その称号を与えられる条件はシンプルにただ一つ。

 ”歴史上最高の刀鍛冶、翁原信綱(おうはらのぶつな)の直属弟子だった綱天四陣の末裔であること”


 たったコレだけだ。

 つまり生まれた時点で綱天四陣に入れるかどうかは決まっている、非常に名誉ある称号なのだ。


 俺はテザールに来るまでの道中で、その話をナツキさんから聞いていた。

 だからこそ今、目の前で起こっている出来事に目を疑う。なぜならその現代の綱天四陣の一角、柳綱秀(やなぎつなひで)が俺を見て涙を流していたのだから!



「アンタ、それ、一体何の涙だよ!?」



 思わず俺は声を荒げる。どうやら先ほど俺の愛刀を悪く言われてしまった流れで、感情が昂っていたようだ。

 しかし俺の前に立つナツキさんだけは、冷静に右手をスゥ……と差し出して俺を制止する。



「落ち着けサン、私たちは争いに来たのではない。それに柳先生の様子もおかしい。こんな人ではなかったはずなんだ。もう少し話を聞いてみようじゃ無いか」



 そう落ち着いたトーンで語るナツキさん。だが俺にはその制止する手が少しだけ震えているように見えた。

 きっと目の前で起こる予想外の光景に対して、彼女もまた心の中で動揺していることは間違いはなさそうだ。



「ハ、ハハ……すまんな。年を取ると涙脆くなる。若い頃は、年を取れば悔しさや情けなさで涙を流すことなど無くなると思っていたんだが、どうやらソレは間違いだったようだ」


「情けなさだと?俺の百雷鳴々を作ったことがか!?」



 するとそれを聞いた柳は、今までとは違った種類の笑みを浮かべて俺の目を見つめ直す。後から思えば、きっとその笑顔には”温かさ”が含まれていたように思う。



「違うよ、サン・ベネット。百雷鳴々は良い刀だった。だがこの世界の最高傑作を見てしまった私からすれば、もはや失敗作としか言いようがなんだよ。百雷鳴々が最高ランクの"天上大利刀(てんじょうだいりとう)"にならなかったのは、私が私の無力さを最初から最後まで抱えながら作ったせいだったんだ」



 そして柳は俺の方へ全身を向け、ヒザに両手を置きながらグッと頭を下げる。



「だからすまなかった…………!あんなに良い素材を渡してもらったのにも関わらず、特級鍛冶の私は最後の最後に最高ランクの刀すら作ることが出来なくなっていたんだ。だから私は………私は……、君が生きていてくれて安心した。私の作った刀のせいで、君が死ぬことがなくて安心してしまったんだ………っ!!」



 そして柳は木の床にポタポタと涙を落とし始め、小さな声で”うぅ……”と声を押し殺しているのだった。


 だがハッキリ言って、俺はこの状況に理解が追いついていない。

 当時は特級鍛冶が打てば何でも天上大利刀になると思っていたが、手渡された刀がその一つ下のランクと知った時は”そんな事もあるんだな”ぐらいにしか思っていなかったからだ。


 むしろ”もっと強くて良い素材が必要なんだろう”と、自分の中で勝手に納得していたのだ。


 だが実際は違っていたらしい。

 柳さん自身が感じた身勝手な絶望が、俺の刀を最高ランク以下の代物にしてしまったというのだ。


 なら今の俺の感情は何だ?怒りか?憎しみか?

 いや違う。

 なぜなら今この人が流している涙の一粒一粒には、あまりにも長い年月の想いがこもっているように思えてしまったのだから。



「ナツキさん、俺はどうすれば…………」


「あぁ。サンは少し呼吸を整えておけ」



 もはや俺は、1番冷静なナツキさんに託す事しか出来なかった。

 この場にいる中で1番的確な判断ができるのは、きっとナツキさんしか残っていなかったと思う。



「柳先生。アナタが私の師匠の刀を見て以降、最高ランクの刀が作れなくなってしまった事は理解しました。ちなみに百雷鳴々の素材は余っているのですか?」


「…………いや、雷光龍の素材は全て使ってしまったよ。全て使った結果だ」


「なるほど。ではもう一つ確認しておきます。つまり百雷鳴々の製法というのは、私の師匠が作った”最高傑作”とやらを参考にした製法だったという事ですね?」


「あぁそうだ。だが私には参考にはなっても、それを実現する事は到底叶わなかった。あの刀を見てしまった日に、私の刀鍛冶としての人生はとうに終わりを迎えたんだよ」



 柳は顔を上げる事なく、淡々と事実だけを述べる。


 つまりここまでの話をまとめると、あの綱天四陣に入るような刀鍛冶・柳綱秀ですら絶望してしまう刀が存在するって事だよな?

 そしてその刀を作ったのがナツキさんの師匠、先ほど初めて知ったが”フレア”という名前の人だったらしい。


 その後にフレアさんの刀を再現しようとして作ったのが俺の百雷鳴々で、そこで見事に失敗・挫折してしまったという事か…………。


 なんか俺、とんでもない事故に巻き込まれちゃったって感じだな。

 それに加えて、間接的に俺の百雷鳴々はナツキさんの師匠と繋がっていた事にも驚きだった。


 ナツキさんと出会ってから、定期的に話には出てきていた師匠。

 その人がまさか綱天四陣、兼、特級鍛冶の柳さんを絶望させるほどの刀を作るほどの凄い人だったとは…………!



「ちなみに柳先生、その師匠の刀というのはどこにあるのですか?」


「あの刀……?あぁ、どうだったかな。フレアは確か魔王を倒せる者に渡すため作っていたようだから、魔王を倒した者………つまりクローブの騎士団とかが持っているのではないか?」



 あぁそうか。柳さんは魔王を倒した人がナツキさんと知らない側の人だったか。

 そりゃそうだよな。当時魔王討伐戦に参加した人の中でも、ごくごく一部しか知らない”ナツキさんが真の英雄”という事実。

 クローブ王国の国王によって、ナツキさんの手柄が全てクローブ騎士団の手柄へと改竄(かいざん)されたのだ。


 とりあえず俺は、柳さんに聞こえないように小声でナツキさんに確認を取る事にする。



「ナ、ナツキさん?魔王を倒せる者って事は……」


「いや、残念ながら私は師匠から貰った刀を使ってはいない。私が魔王を討伐したのは師匠が亡くなってから2年後だ。その時には既に今の刀を使っていたからな」


「という事は、その最高傑作ってヤツはクローブ王国にある可能性が高いって事ですか?」


「かもしれんな。あるいは…………」



 そしてナツキさんは新たな記憶を呼び起こそうとしていた。

 ────だがその時だった。



「君なら知っているんじゃないのか、サン・ベネット?」



 それまで静かに俺たちの会話を聞いていた柳さんが、突然俺だけに向かって語りかけてきたのだ。

 話の意図が見えない。なぜ俺なら知っていると思ったんだ?



「お言葉ですが柳さん、俺はそのフレアって人とは、話すどころか会った事もありませんよ」


「そうか、そうなのか。いや、そうだな。フレアは息子が産まれてから一度も顔を見ていないと言っておったな」


「…………は?」



 そして柳さんはさも当然の事のように俺を見つめ、衝撃の事実を言い放つのだった。



「何を驚いている。フレアのフルネームは ”フレア・ベネット” だぞ………?」



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