66. 35番通り
酔ったナツキさんの介抱を終えてから眠った俺は、翌朝ナツキさんよりも遅く目が覚めていた。どうやら彼女は昨日の夜の記憶が曖昧らしく、俺がベッドから体を起こすと同時に問いかけて来る。
「サン、おはよう。昨日の夜は何も…………なかったか?」
「え?いきなりどうしたんですか?あぁ、でもそういえば泣いて俺への愛を語ってました」
「!?!?」
すると珍しく目をガッと見開いたナツキさんは、まるで取り憑かれたかのように朝から突然ペラペラと言い訳を始めるのだった。
「いや、私は酒が好きだが弱くてな。普段言わないような事を言ってしまう傾向があるというか、別に本心は言わないというか?ちょっとネガティブな部分が出て泣く事があるらしいが、別に毎回泣くわけでも無いらしいし、昨日のビアーはきっと酔いやすいタイプのビアーだったのだろうな。まったく、酒には昔から困っているのだよ、だって美味しいのに酔ってしまうからな。私はもっとたくさん飲みたいのだが、君に迷惑をかける訳にもいかないし?それに服が着替えられているって事は、きっと私は酔って戻してしまったのではないか?いやー、すまなかったなサン。次からは気をつけるよ。私は酔って本心を言ったりなんかしないからな?決して酔うと泣きながら本心を言ってしまうタイプなどではないからな???」
「…………顔、洗ってきます」
寝起きからとんでもない情報量を詰め込まれた俺は、逃げるようにして洗面所へと向かっていた。まったく、不器用すぎるでしょあの人!?そういう所も含めて可愛いんだけどさ……?
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「ナツキさ~ん、いい加減昨日のことを反省するのはやめてください。早く忘れてくださいって。準備も済んだし出発しますよ?」
「そ、そんな事はない!べ、別のことを考えていただけだ」
俺はいつもより少しだけ上の空のナツキさんと共に宿を出る準備を整えていた。なにせ今日はいよいよ本題でもある”特級鍛冶・柳綱秀”の所へと向かうのだから。
「良かった、今日も晴天ですよナツキさん。まるで昨日のナツキさんの涙のように澄み渡っています」
「お、おい!?忘れろと言ったのは君だぞ!?なんと酷い男だ…………」
俺はナツキさんをイジれる出来事がまた一つ増えたことに喜びを感じながら、宿から大通りへと足を運んでいく。相変わらず人通りは少ない状況だが、実は昨日ウェイトレスに少しだけ原因を聞いていた。
◇
「ねぇねぇおばちゃん、なんでテザールはこんなに人が少なくなっちゃったの?」
「あらアンタ知らないのかい?この街にある名所の鉱山があるだろう?世界の職人たちが使うレベルの貴重な鉱石が夢のように埋まっている、いわばテザール最大の資源だよ」
「あぁ、あの鉱山のおかげでテザールには世界中の職人が集まってきたんだもんね」
「そうなのよ。でもね、数年前からその鉱山に”魔物”が棲みついたみたいでね。どうやらそれが魔王軍の生き残りらしくて、中々退治されなかったのよ。その影響でテザールの生産は一気に落ち込んで、商人も貴族もみんな離れていったわ」
「えぇ?でもテザールほどクローブ王国と密接に関係している都市の為なら、魔王軍にも対抗できるようなクローブ騎士団や冒険者が派遣されてもおかしくないでしょ?ココの技術力は王国にとってもメリットだったはずじゃ?」
するとウェイトレスのおばちゃんは、少しだけ周りを気にしつつ俺の耳元で囁き始める。
どうやら人には聞かれたく無い内容のようだ。
「それがねぇ、ウワサで聞いたんだけどクローブ王国の王様がテザールの発展をよく思ってなかったらしいのよ。あまりに貴重な鉱石が取れすぎるモノだから、常に王都にいて欲しいような人材までテザールに行ってしまう事が不満だったらしいわよ。物理的にも離れてるからね」
またアイツか…………。
「だから昔ここで働いていた職人さんは、少ない資源でレベルの低いモノを作るだけの生活になってしまったって嘆いていたわ。向こうではお金はそれなりに貰えるみたいだけどね?とにかく、テザールはもう終わった街になっちゃったのよ」
◇
そう、つまりこの街の産業を支える中心だった鉱山が事実上閉鎖されてしまった影響で、この閑散とした街の状況になってしまったというのだ。ナツキさんもその話を酔い始める前に聞いていたので、多分覚えているはずだ。多分だけど……。
「さて、とりあえず今日は柳さんの工房を探す所から始めないとな。昨日おばちゃんに聞いておけば良かったな」
「それなら私には心当たりがあるぞ。以前と場所が変わっていなければ、おそらくあの35番通りにあるはずだ。というか君が来た時期の方が最新だろう?覚えていないのか?」
「いやぁ、俺は記憶力には自信ないって言ったじゃないっすか。あれ言ってないっけ?まぁとにかく、物心ついた時から覚えが悪いんです」
そんな会話を交わしながら、俺たちは早速街の中央通りから”35番通り”と呼ばれている場所へと歩き出していた。
それにしてもこの街の構造は複雑だ。壁の中という制限があるにも関わらず、後からドンドンと人が移り住んできた。なので土地をムダにしないように、住みやすさよりも、いかに詰め込むかに重きが置かれていたのだろう。
事実、建物に貼られた看板に書いてある案内を見なければ、今自分がどこを歩いているのかも自信がなくなって来る。そんな街こそがテザールなのだ。
ちなみに俺はこのゴチャゴチャした感じは別に嫌いでは無い。子供心を思い出すような感じがして、むしろ好きな部類に入ると思う。
「あ、あそこかもしれない!!」
そんな事を考えながら35番通りを歩いていると、いよいよ鍛冶屋らしきモノが目に入ってきた。入り組んだ階段の奥にあった、かなり歴史のありそうな石レンガの建物だ。
だが太陽が当たりにくい場所なのか、コケのようなモノも沢山生えているジメッとした場所だった。
この光景を見た事あるような無いような、そんな感情が俺の胸の中を渦巻いている。
「確かに、汚れていて読みにくいが”柳”という文字が書かれているな。ここで間違い無いだろう」
「どうしますナツキさん、もう入っちゃいますよ?」
「あぁ、その為に来たのだろう」
「そうですよね。よし…………!」
そして俺は少しだけ緊張しながらドアをコンコンと叩き、中の様子を探る。何の反応もなさそうだったが、残念ながら俺の魔力感知眼には扉の向こうに人がいる事は見えている。
「あの、そこにいるのは柳さんですよね?昔、雷光龍の素材で刀を作ってもらったサン・ベネットです!それと、アナタと同じ特級鍛冶のナツキ・リードもいます。お話だけでも聞いてくれませんか?」
俺はこの瞬間、ナツキさんの名前は”ナツキ・ベネット”になるのでは?と考えていたりしたが、その答えが出る前に扉の向こうから”ガチャン………”という音が響く。
そしてゆっっくりと開いた木扉の隙間からこちらを覗いてきた白ヒゲの老人は、俺たちの顔をシッカリと確認した後に低い声で呟いた。
「…………入れ」