64.活気のあった街
テザールといえば、クローブ大陸の中でも産業技術の発展した重要都市として知られている。以前に俺が百雷鳴々を作りにやって来た時にも、街には多くの商人や地位の高そうな貴族が満足そうな表情で大通りを歩き、飲食店はどこも席が空いていない程に賑わっていた。
賑わっていたのだが…………。
「かなり静かですね」
俺は思わず呟く。
なにせ今の眼前に広がるテザールの中心街には、ほとんど人の姿が見当たらないのだから。
「魔王討伐以降、一部の生産界隈の景気が悪いとは聞いていたが………。これはその影響なのだろうか?」
「さぁ、どうなんでしょうかね。少なくとも、あの頃みたいなワクワクした気持ちにはなれませんね」
落ち込む街にあてられた俺たちは、先ほど起こった”ナツキさん天然顔パス事件”のことなど忘れてしまうほどに暗い表情で街を歩いていた。
もちろん人が全くいない訳でない。だが彼らの目には明らかに光はない。少なくとも未来を見ている目ではなかった。
「と、とりあえず宿を探しましょうか?到着するのが遅くなっちゃいましたし、柳さんに会いに行くのは明日にしませんか?」
「そうだな。今から会いにいけば、中途半端な時間に用事を終えてしまいそうだ」
とりあえず俺たちは宿を探す事を優先して、最大の目的である"刀鍛冶の柳綱秀に会いに行く事"は明日に回すことにした。
実は柳さんには事前に連絡をしている訳ではない。なので今日行こうが明日行こうが結果に変わりはないだろう。
◇
「さーて!とりあえず宿は取れたし、晩飯でも食べに行きましょうかナツキさん?」
「あぁ、せっかくならテザールでしか食べられない料理を頂きたいな」
「なるほど、そうなると…………」
古い記憶で曖昧だが、確かこの地方で有名な料理といえばピポッグのスペアリブだ。
ピポッグは前世で言う豚のような動物で、基本的に色んな調理法ができる万能肉として扱われている。
「よし、じゃあスペアリブのお店に行きましょう!あっ、あそこなんか良さそうですよ。行ってみますか?」
「あぁ、料理のことは君に任せる。私は料理だけではなく、美味しい店を当てるのも苦手なんだ」
「前世で料理の神を怒らせたとしか思えない…………」
そんな事を言いながら、俺たちは早速良さそうなスペアリブの店へと足を踏み入れる。
どうやら店内は橙色の照明で照らされており、味のある色の木で作られた雰囲気のあるテーブルが無造作に置かれていた。
歴史を感じさせるような床の汚れから見るに、おそらく長い間街で愛されてきた店なのは間違いなさそうだ。長い間潰れていないという事は、味は確かだという可能性も高い。
「いらっしゃい。あら、見ない顔だね。他国の職人さんかい?」
すると店の奥からやってきたオバサンが、突然俺たちに声をかけてきていた。メニューを書く伝票を持ちながら汚れたエプロンも着ている彼女は、おそらくウエイトレス兼調理人といった所か。
とりあえず彼女の質問には答えておこう。
「俺は旅人ですけど、彼女が鍛冶師をやってます。それでとある鍛冶師に会いに来たんですけど、遅くなったので明日にしようってなったんで、ここで晩御飯でも食べようかって話に…………」
「そうかいそうかい!このテザールの鍛冶は”むさ苦しいオッサン”ばっかりだから、女性の鍛冶なんて目新しくて驚いたよ!ほら、そこの席に座っていいよ」
そして俺たちは案内された席へと座り、スグに一息をついていた。
なにせ何時間も歩いてたどり着いたテザールの飲食店だ、疲労感の影響でリラックスしまうのも無理はない。
「ふぅ~~。久しぶりに座れたな」
とりあえず店内を見渡す限り、客は俺たちを含めて5人いるようだった。とはいえピークに近いであろう時間帯でこの人数だ、経済的にもかなり寂しい状況なのは間違いなさそうだ。
すると再び先程のウェイトレスがやって来て俺達に問いかける。
「はいお待たせ、ご注文は?」
「えーっと、とりあえずオススメのスペアリブを4人前お願いします。あとは…………あれ、ナツキさんって酒飲みますっけ?」
「まぁ多少なら飲むが……」
「じゃあまずはビアーを1杯ずつ!」
するとその注文に対してなぜか気難しい表情を浮かべるナツキさんだったが、本人が飲めると言ったのだから一応は問題ないのだろう。
…………と思っていたのだが、後にナツキさんが気難しい表情を浮かべた理由を、俺が痛いほど理解する事になるとは。