62.旦那には言えない秘密
俺たちは早々に旅の準備を済ませ、早くもカルマルの町を出る体制を整えていた。
冒険者からすれば旅なんてモノは日常の一部だ。上位ランクであればあるほど、例え長旅であろうと準備はサッと終わらせる事ができる。
「それじゃあ俺はハルネさんに挨拶だけしてきます。沢山お世話になってし、お土産も買ってくるって伝えておきますよ」
「あぁ、じゃあ私も一緒に行くよ。お世話になったのは私の方だからね」
ハルネといえば、この町で生鮮食品を扱う店を営む老婆のことだ。
彼女は昔クローブ王国で働いていた上に、今でも貴重な”ステータス開示”の魔眼スキルを持っている。
そして何より町に根付いていた"ナツキさんが赤竜の女王"だという誤解を解いてくれた恩人でもある。
できる限りのお礼はしなければいけないという部分は、どうやら俺たち2人の共通意識として合致していたようだ。
◇
「ハルネさん、いる~?」
旅の格好に着替えた後、俺たちはその足でハルネさんの店へと赴いていた。
あいかわらず暗い店内だが、扱っている食品はどれも鮮度のいいモノばかりだ。
「その声は…………サン・ベネットか。そうか、やっと目覚めたんだね。今日は何を買いに来たんだい?」
「おぉ、久しぶりハルネさん。色々と助けてくれてありがとうね!実はこれからまた旅に出る事になったから挨拶をしにきたんだよ。まぁしばらくすれば戻ってくる予定だし、その時はお土産も買ってくるね」
「そうかいそうかい、わざわざソレを言いに来てくれたのかい。若い内は色んな景色を見て、色んな経験をするべきじゃ。死なない程度に冒険してきなさい」
「ありがとう!俺たちもカルマルで鍛冶屋をやる事に決めたから、またその時は色々と相談させてね?」
「ふん、売上の8%をコッチに流してくれるなら考えてやらんこともないよ」
そう言ってハルネさんは悪い笑顔を浮かべていた。だがそれとは正反対の温かい目は、俺達をいつも安心させてくれる。
………しかしこの商売根性、さすが王都で働いていただけの事はあるな。シッカリお礼はしないと怒られそうだ。、
「じゃあ気をつけて行って来るんだよ。あんたらが死ぬと町のみんなが悲しむよ」
「ありがたい事だね。でもナツキさんがいるから大丈夫だよ。なにせ世界最強の冒険者なんだから!」
するとすかさずナツキさんが口を開く。
「サンよ、自分の身は自分で守れ。もう私は助けないぞ」
「えぇ、急に突き放された……!!」
「くだらない事を言いに来た訳じゃないだろ。ほら、挨拶を済ませたならとっとと出ていってくれ。私は1人でハルネさんにお礼を言いたいのだ」
そしてナツキさんは俺の服の襟を掴み、そのまま俺を赤子のように店の外へポイッと放り出すのだった。
まったく、なんと酷い扱いなのだろうか!?今度作る料理には、ナツキさんが苦手な野菜を3割増しで入れておいてやろう。
だがそれにしても、1人にならないとお礼を言えないなんて、ナツキさんも相変わらず子供っぽいなぁ。恥ずかしがらずに俺の横で言えば良かったのに……。
────
「なんじゃ?1人にならんと言えない感謝など、ワシがされる覚えはないぞ?」
「…………サンには聞かれたくなかったのだ。彼が寝ている間に見てもらった”神力”についての事だからな」
「あぁ、どうせそうだろうと思ったよ。ワシのスキルで見た嬢ちゃんの”神力の割合”の事じゃな」
「そうだ。今はどうなってる?」
「…………残念ながら神力の割合はさらに減っておる。つまりは魔力に対する抵抗力も弱っておるという事じゃ。強い悪魔族の技を直に受けた影響じゃろう、前に見た時よりも遥かに速いスピードで神力が減っておるな」
「そうか、そうだろうな。ありがとうハルネさん、より気を引き締める決心ができたよ」
「旦那には言わんのか?」
「あぁ、心配をかけたくないからな。サンは病的に私に好意を寄せている部分がある。もし言ってしまえば、旅を中止にしかねない」
「そうかい……。とにかく無茶な戦闘方法だけは避けるんだよ」
「肝に銘じておくよ。きっとすぐに忘れてしまうだろうがね」
「まったく、強き者の悪いところじゃ。気をつけて行くんだよ」
────
カランカラン……
乾いたベルの音が響く。ようやくナツキさんが店から出てきたようだ。だがその表情はいつもより少し真剣に見える。
「なんの話をしてたんですか?」
「心配するな、君の悪口を言っていただけだ」
「え、もう離婚危機って事?」
「最後の旅になるかもな」
そしてキョトンとする俺をよそに、ナツキさんは迷いなく旅の一歩を踏み出していた。
まぁこんな冗談を言えるような機嫌なら、ちゃんとハルネさんには感謝を伝えられたみたいだな。よかったよかった。
え、よかったよね?アレ…………?
「………え、本当に冗談ですよね?俺、結構メンタル弱いから5時間ぐらい引きずりますよ?」
こうしてナツキさんの適当なウソの影響で、俺は旅の目的地である【城塞都市テザール】への道のりが少しだけ長く感じるのだった。