61.特級鍛冶師
「サ……サンはどんな刀を使いたいんだ?イメージでいいから教えてくれ」
ナツキさんは慣れない呼び方に少し照れながらも、俺に対して刀の要望を聞いていた。どんな刀かって聞かれると意外と難しいものだな。
とりあえず俺の何となくのイメージだけでも伝えてみる。
「そうですね………。やっぱり百雷鳴々での高速戦闘に慣れてしまったんで、速さを出せるような能力を持った魔刀がいいですかね」
「…………速さを出すか。かなり難しい要望だな。なにせそれは”刀自身”ではなく”君自身”の身体能力が重要だからな。刀自身から膨大なエネルギーを外に放つ方が100倍楽な加工だ」
「ですよね~……。百雷鳴々作る時も同じ事言われました。だから結局、俺の魔力性質に極限まで近づける?みたいな感じにしてもらって、刀の能力を俺自身の肉体でも発現できるようにまで調整してもらった気がします。でも最終的には、鍛冶師の作りたい形にされた記憶も……。
まぁ正直かなり前の話なんで、ハッキリ覚えてないです。参考にならなくてごめんなさい」
そんな俺謝罪に対して、ナツキさんは特に怒る様子は見せなかった。なにせ彼女はとっくの前に職人の顔へと変わっていたのだから。
ただでさえ凛々しく美しい彼女の横顔が、もはや神々しさすら感じさせるほどにまで変化している。
「ちなみにだがサン、百雷鳴々の作者は誰なんだ?なにせさっき君が言っていた技術は、並の刀鍛冶では絶対に出来ない製法だ。それこそ私と同じ”特級鍛冶師”でなければ不可能だろう」
「…………え、ちょっと待ってください。ナツキさんって特級鍛冶師だったんですか!?いや、正直薄々そうだろうな~とは思ってましたけど、やっぱりそうだったんだ……」
【特級鍛冶師】
それはこの世界に4つある刀剣鍛冶のランクの中で、最も高い等級の者に与えられる称号だ。その等級は上から…………
◇
特級鍛冶師
1級鍛冶師
2級鍛冶師
3級鍛冶師
◇
となっている。
ちなみに現在この世界でも3人しかいないと言われている特級鍛冶師だが、なんとその内の1人が今俺の目の前にいるナツキさんだと言うのだから驚きだ。
やはりこの人は凄い。魔王を倒した元Sランク冒険者でありながら、現在は世界に3人しかいない特級鍛冶にまで上り詰めている。まさに天才という他ない。
「別に大した称号ではない。師匠の教え方と能力が優秀すぎただけの話だ。なにより私は特級鍛冶としては無名すぎる。打った刀も圧倒的に少ない。記念で受けた試験で貰えただけの称号だから、ただの飾りでしかないよ」
「それでも凄いっすよ。なんの称号も無い俺からすれば、ナツキさんは天才ですっ!!誇らしいですよ!!」
「ふっ……素直にありがとうと言っておこう」
そして再び照れるナツキさんの笑顔を見届けた後、俺は改めて先ほどの質問に答え始めるのだった。
◇
「あぁ、それで百雷鳴々の作者の事なんですけど、確か当時セイリュウ国にいた”柳綱秀”に作ってもらいましたよ。確か柳さんも特級鍛冶じゃなかったですっけ?」
「あぁ、なるほど柳先生か………!あの人であれば、先ほど言っていた技術を再現できて当然だ」
「えぇ!?知り合いだったんですか!?やっぱり凄い人なんすか?」
「凄いなんてものじゃない。彼はあの翁原信綱の弟子の末裔で、現代の鋼天四陣の内の1人だからな。
私以外の2人の特級鍛冶師は漏れなく鋼天四陣の内の2人だ。そして残り2人は鍛冶試験を受けていないそうだが、もちろん技術は特級クラスと言われている」
「オ、オウハラ?コウテンシジン……?」
待て待て、急に知らない固有名詞が出てきて頭が追いつかなくなった。
あ、でも待てよ。翁原信綱だけは聞いた事あるかもしれない!確か彼は…………。
「翁原って人、確か800年ぐらい前の"人魔会戦"で活躍したって言われてる伝説の刀鍛冶でしたっけ?」
「あぁそうだな。いわゆる歴史上の人物だよ。私も名前以外はあまり知らないが、この世界の”刀”の文化は全て彼から始まったと言われている。
まぁこんな難しい話は今度でもいいだろう。それよりも先に、君の刀のイメージを固めないとな」
するとナツキさんは一枚の紙を取り出し、それを壁に押し付けながら何かを描き始めていた。
まだこの家に家具は無いので、どうやら壁を机代わりして刀のイメージ図を描こうとしているようだ。
だけど俺はそれをスグに遮る事になる。なぜなら俺はここまでの会話の中で、一つの小さな期待が生まれ始めていたのだから。
「あの、ナツキさん。確かに俺も新しい刀を作ってもらう事には大賛成なんですけど、やっぱり簡単に百雷鳴々から乗り換えるってのも気持ち悪い感じがし始めちゃったんすよね。
だから一つの案として聞いてほしいんですけど、一度柳さんの所に行って”雷光龍”の素材とか製法が残ってないか確かめにいくってのは………ナシですかね?
百雷鳴々のメイン素材だった雷光龍の素材です」
「なるほど?」
俺の言葉を聞いたナツキさんは、サッとアゴに手を当てて考える素振りを見せる。きっと今の彼女の頭の中は、俺のような素人には想像もつかない程の情報が巡っているのだろう。
だが思っていたよりも早く、ナツキさんは結論を俺に述べ始めてくれた。
「うん、良いと思うよ。そうしようか。私も久しぶりに柳先生に挨拶をしておかないとな。幼い頃、私の師匠と共に柳先生の工房を見せてもらった事があるんだよ。その時はすでに柳先生はクローブ大陸に移住していたけどね」
でたな、ナツキさんの師匠!俺と同様に日本時代の記憶を持っているでお馴染みの師匠だ。
特級鍛冶師のナツキさんを育てたのだ、彼も相当な技術を持った鍛冶師なのだろう。
「よしっ!じゃあ店の開店は一旦保留しておいて、まずは柳さんの所へ行きましょうか?」
「そうだな。では旅の準備をするとしよう。まだ君の体は完全に回復していないからな、少しでも楽な旅にする準備をしておこう。もちろん折れた百雷鳴々も忘れないように持っていかないとな」
こうして俺たち夫婦は、新しい刀のキッカケを見つける旅へと進み始めるのだった。それが俺達のルーツを知るキッカケになるとも知らずに…………。