60.問題点と、君の名前
新しい自宅に入って驚いたのは、室内のレイアウトだ。
なにせそこには予想外の景色が広がっていたののだから。
「火床がある……!?もしかしてナツキさん、この5日間でもう作っちゃったんですか!?」
「いや、違うんだ。私が最初に内見した時から設置されていた、レンガで作られた立派な火床だよ。使われた年数こそ短そうだが、今でも十分に機能する形だよ」
「へえぇ~」
なぜ始めから刀剣作りの設備が整っているか?1番可能性として高いのは、前の住人がここで鍛冶屋を営んでいたって所か?
そんな偶然あるものなんだな。なんとも運命的だ。
「じゃあ思ってるよりも早く鍛冶屋として営業できるかもしれませんね!」
「あぁ、そうだといいな。この町はチーリン山脈から流れてくる綺麗な水のおかげで、農業も盛んだ。マグナクスタさん曰く、鉄製の農具には十分な需要があるみたいだぞ」
「おぉ!それじゃあ……」
俺はトントン拍子に進んでいく未来設計図に心を躍らせ始めていたのだが、意外にもナツキさんがそれを遮る。
どうやら鍛冶屋よりも先に解決しなければならない問題が山積みのようだ。
「待てベネット、その前にやるべき事はいくつもあるだろう?まずは君の折れた刀をどうするのかの問題、そしてアテラの死体をどうするのかの問題だ。ここは最優先で解決しないといけないだろう」
「…………完全に忘れてました。どうりで腰元が軽いなって思ってたんすよね」
「まったく、君に折られた”百雷鳴々”が不憫で仕方ないな」
「ア、アレを折ったのはアテラであって、俺じゃあないですよっ!?」
「同じだよ。折れるような使い方をした君にも責任はある」
「それはその………、はい、おっしゃる通りです……」
さすがに俺の心が折れるのも早かった。
確かに”元愛刀”の百雷鳴々には、相当無茶な使い方をさせてしまっていた。
俺が冒険者としてのランクが上がるにつれて色んな技を開発し、その度に酷使に酷使を重ねてきたのだ。
刀の最高ランクである【天上大利刀】の一つ下のランク【大利刀】であるにも関わらず、天上大利刀と同等かそれ以上の負担を強いていた自覚はある。
「どうしようナツキさん、今になって百雷鳴々に申し訳なくなってきました……!ちょっと俺、刀の残骸を拾ってきます!!」
急に焦りを感じた俺の体は、気付けば新居を飛び出して草原の方へと駆け出しそうになっていた。
だがそれを冷静に止めたのは、もちろんナツキさんの立派な手のひらだ。
【ガシッ】
俺の左腕を掴んで、そのまま離さないナツキさん。痛い、結構痛いですナツキさん。
「落ち着けベネット、もう刀の残骸はここに持ってきている。そこの白い布の中で包んでいるのが分からなかったか?」
「…………へ?」
そう指摘された俺は、改めて室内の床に置いてあった布の方へと視線を移す。
ちなみに俺の右目は再び光を失っていたが、左目にはまだ”魔力感知”の魔眼は残っている。
「本当だ、百雷鳴々の魔力を感じる」
「はぁ……もっと刀を大切に見てあげないか?刀だって生きているんだ、そう感じられるようにならないと私は君に刀鍛冶の技術など教える気にもならないぞ」
「言い返す言葉もありません。精進いたします……」
我ながら情けない姿を妻に見せてしまったようだ。
色んな事が一気に起こりすぎて、まだまだ頭が回っていないような感じがする。
「とりあえず君の刀は私が打とうと思っている。前回よりも上のランク、天上大利刀に値する逸品を作ってみせよう」
「え、本当っすか!?でも素材は…………」
「素材ならすでに一つ揃っているだろう。君が命懸けで戦った、あの竜の素材が」
「まさか……アテラのことですか!?神の剣竜の刀なんて、俺なんかが扱えるんですか!?」
「さあな、それは作ってみないと分からん。だがアテラの素材自体は量が非常に少ない。メインの素材ではなく、メインの素材を引き立てる補助素材として使おうと思っている」
伝説でしか語られることのなかった竜の素材が、メインじゃなく補助!?
こりゃとんでもない刀になりそうだな。
◇
「とりあえずメインの素材に関しては、これから考えていこう。君の属性に合った素材でなければ意味がないからね。だからもう一つの問題である、アテラの死体をどうするかを先に考えようと思う」
「アテラの死体…………。あ!そういえば俺、気絶する直前に結界を張ったような気がするんですけど!」
「あぁ、一応町を出ていく時に冒険者のメイジーに張り直してもらったよ。彼女は相当優秀な魔術を扱えるようだからな、私からお願いしておいた」
「さっすがナツキさん!俺と同じ事を考えてくれてた!それで?メイジーは何か言ってましたか?」
するとナツキさんは、少しだけ申し訳なさそうにメイジーの発言を俺に伝えてくれた。
「あぁ、言っていたぞ。”こんな脆弱でオンボロな結界、デコピンで壊されてしまいますぅ~”だそうだ。…………プッ……!」
笑った!?笑いやがったなナツキさん!!?
旦那の不得意な魔術を馬鹿にされて、メッチャ笑ってるんだけど!?
まぁ笑ってる顔が可愛いから許すッッ!!
「笑いすぎでしょ!?」
「す、すまない。可愛い声で辛辣な事を言うメイジーが面白くてな。一緒に来ていた彼女の仲間と私は、しばらく笑って動けなかったよ」
「まったく、死にかけて寝てる人にする仕打ちじゃないですよ……!」
「あぁ、君の言う通りだね。………とりあえず話を戻すが、アテラはその彼女の結界の中で今も保管されている。認識阻害の術式も組み込んでくれているそうだが、さすがに神の剣竜をあそこに放ったらかしにしておくわけにもいかないだろ?
今後どうするべきか、君の意見を聞きたくてな」
確かに彼女の言う事はもっともだ。俺が考えていた事と全く同じ感情を抱いてくれていたみたいだな。
だから俺は、元々考えていた作戦をナツキさんに打ち明ける。
「アテラはクローブ王国に伝わる伝説の竜です。きっと帰るべき場所は王都内にあるでしょう」
「同意見だ」
「だけど僕達前科者はクローブ王国の王都内に入る事は禁止されています」
「残念極まりないな」
「だから俺は、王都にいる元パーティーメンバーに手紙を送って、アテラを回収してもらおうかなと思ってました。一応はSランクパーティーのメンバーです。人脈も広く潜伏能力も高いので、そこまで騒ぎにはならないかと……」
「名案だと思うぞベネット」
まるで俺が事前に作戦を考えていた事を知っていたかのように、ナツキさんは納得の表情を浮かべていた。
この辺の信頼感を寄せてくれているのは嬉しい限りだ。
「じゃあ早速、手紙を書きましょうかね。ここの2階って部屋あるんですか?」
「あぁ、あるぞ。階段を上がって手前と奥の計2部屋だ」
「じゃあ寝室は一緒だから、どっちかが事務関係の部屋って事っすね」
「寝室は一緒……!?そんな事を言った覚えはないぞベネット!1人1部屋に決まっているだろう!?」
「もぉ~、新婚なんですから一緒に熱い夜を…………」
だが俺が全てを言い終える前に、ナツキさんの投げたハンマーが俺の顔の横数ミリを通っていった。
俺はアテラ戦以来の”死”を悟る。
「あっぶね。恥ずかしがらなくてもいいのになぁ。あっ、それよりもナツキさん。前から気になってた事があるんですけど……」
「なんだ、急に改まって」
そして俺は、ずっと夫婦として感じていた大きな違和感を口にする。
「俺のこと、ベネットって呼ぶのやめません?俺の名前は”サン”です。旦那の名前を一度も呼ばないなんて、そんな事あっていいんすかね?」
「………どうでもいい事に気付きおって」
「どうでもいいんだ、そっか、そうですか。今までありがとうございましたリードさん。これからは僕以外の男性と末長く……」
「あぁもう、君は面倒臭い男だな!分かったよサン。これでいいのだろう?」
「ごめんなさい、一瞬すぎて聞き逃したのでもう一度」
「だからサ……サッ…………」
「サ……?」
「もういいっ、君なんか火床で燃やしてやる!炭の代わりにしてやるからなっ!?」
果たしてこの騒がしい新生活はどうなっていくのだろうか。