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54.根深い誤解と救世主

「ベネット、やはり顔は隠した方がいいんじゃないか……?」


「何言ってんですかナツキさんっ!もう諦めて顔を(さら)して下さい!!アナタはいつだって英雄なんですからね!?」



 いよいよカルマルの街まで100mを切った所で、いつも強気なナツキさんが珍しく弱気な様子を見せていた。


 その理由は単純だ。街の人達に”赤竜の女王”として長年恐れられてきたせいで、街の人たちを怖がらせてしまうのではないかと危惧(きぐ)しているのだ。


 相変わらずの優しさだが、今の瞬間だけはそれが(あだ)となっているみたいだ。


 でもそこは大丈夫だと信じたい。

 彼女は正真正銘、この街を救った英雄なのだから。


 あの戦場に俺だけしかいなければ、きっと刀が折れた時点で完全に詰んでいただろうからな。

 つまりナツキさんは俺の命の恩人でもある訳だし、絶対にこのまま生き辛さを感じていて欲しくはないんだ。



「さぁ、街の人達が見えてきましたよ!お……?どうやら街の入り口に沢山人が集まってるっぽいですよ!!」


「な、なんだと!?まだ心の準備が……。やはり顔は隠すさせてもらうぞベネットッッ!!」



 街の人達を目の前にして、とうとうナツキさんは耐えきれずに布切れを頭から被っていた。

 数時間前に若い冒険者3人と街に入った時と同じく、顔を完全に隠してしまったのだ。



「まったく、変な所でシャイなんだから……」



 俺は呆れたようにそう呟いた、

 ────だがそんな時だった。



「おーーい、ベネットさーーん!!ドラゴンを倒されたのですかぁーー!?」



 集まっている街の人の中から、聞き覚えのある声が響いていた。

 そう、この声の主は紛れもないカルマルの商会に勤めるマグナクスタさんだ!


 今日の朝、俺がブラックウルブから街を救った後に知り合った、そこそこ地位が高そうでお馴染みのオジサンである。



「おー、今朝ぶりですねマグナクスタさん!ドラゴンはしっかりと仕留めておきましたよ!ホント、大変な戦いでしたっ!!」


【おぉぉぉおお!!!!!】



 俺の返答を聞いていた街の人達は、一斉に歓声を上げる。

 まぁ体長100mを超えるようなドラゴンだ、さすがに一般人からすれば絶望感しかなかっただろうからな。


 ならその絶望から救ってくれた”本当の英雄”を、彼ら彼女らに紹介しなくては……。



「………って、アレ?ナツキさんは?」



 だがここで俺は気付く。

 本当の英雄ナツキさんが、知らぬ間に姿を消していた事に。



「ベネットさん、あっちです!ナツキさんはあそこにいますっ!!」



 すると間髪入れずに、若手剣士のアクタが俺に情報を与えてくれた。

 なにせ彼の指差す先には、頭部を隠してコソコソと小走りで逃げるナツキさんの背中が見えたのだから!



「コラ、ナツキさんっ!!逃げないでくださいっっ!!?」



 俺はまだ少し痛みの残る足を引き摺りながら、ナツキさんを追いかける。

 そしてスグに追いついたと同時に、後ろからバッと頭部の布を()がしていた!


 さぁ、これで逃げも隠れもできないですからねナツキさんッッ!!



「や、やめろベネット!?早くその布を返してく……れ…………」



 焦った様子で俺に飛びかかろうとしたナツキさんだったが、どうやらその飛びかかる瞬間に街の人達に顔を見られてしまったようだ。

 ナツキさんはまるで凍ってしまったように動きを止め、ダラダラと冷や汗をかき始めている。


 さて、気になる街の人達の反応はというと……。



「おい、あれは……赤竜の女王じゃねぇか!?」


「はぁ!?だって赤竜はベネットさんが倒したって……」


「おいおい、冗談はよしてくれよ」


「ま、まさかオレ達はベネットさんにダマされているんじゃ……」



 うぉぉ、一瞬にして誤解が広まっている!?

 凄いな、まさかナツキさんに対する勘違いがここまで根深いとは……。


 でもコレは予想していた事だろ、ここからが俺の仕事だ。



「みなさーん、落ち着いて下さい!この人は赤竜の女王ではありませんっ!むしろ赤竜にトドメをさしてくれた英雄なんです!!ずっと皆さんが勘違いしていただけで、この人は正真正銘の人間なんですよぉおー!!」



 俺の大声に対して、ナツキさんは辛そうに顔を手で覆い始める。

 どのような反応になるのか、直視するのが怖くなったのだろうか?


 だが肝心の街の人達の反応だが、これもある意味予想通りの三者三様となっていた。



「赤竜の女王じゃない?なぁ、信じられるか?」


「なんか竜に変身する瞬間を見たヤツがいるって話だぜ?」


「でもベネットさんが言ってるんだぜ?わざわざ今日の朝、俺らのことを助ける必要あったか?」


「それもワナかもしれないだろ……」



 なるほど、まだまだ疑惑の方が強そうだな。

 ならば最後の手段にして、最善の手段を使うしかなさそうだっ!



「ナツキさん、素材を見せます。袋を貸して下さい」


「あ、あぁ……」



 相変わらず下を向いたままのナツキさんだったが、素材の入った袋を手渡してくれた手は少しだけ震えているように見える。


 まさかアテラに対して一切(ひる)むことなく立ち向かった勇敢な戦士が、同じ人間の視線や偏見にここまで恐怖を感じているとは。


 いや、そりゃそうだよな。

 ナツキさんだけじゃなく、俺だって人間の感情に振り回されてきた人生だった。

 むしろナツキさんの反応の方が正常なのかもしれない。


 きっとそういう心を持っているから、俺はこの人に特別を感じたんだろうな。



「ナツキさん、大丈夫です。万が一誤解が解けなくても俺がずっと隣にいますから」


「君は……よくこんな時に平気でウソをつけるな……」


「ウソじゃないっすよ。だって俺、ナツキさんの事が大好きですから!初めて好きになった人を大切にしないほど、案外俺は冷たくないんすよ」


「………もう君の好きにしてくれ」



 半ば呆れた反応を見せるナツキさん。

 だが残り半分は”喜び”であって欲しいと切に願う。



「みなさん!コレが証拠ですっ!!コレが赤竜から取ってきた素材の一部ですっ!!」



 そして俺は茶色の袋を頭上に掲げ、いよいよ中からアテラの素材を取り出していた。

 これを見て貰えば、きっとナツキさんの誤解も一瞬にして……。


 ……あれ、待てよ。何か嫌な事に気付いたな。

 というのも、この素材を見て”さっきのドラゴン”と分かる人達はいるのだろうか?


 実際に戦った俺や、同じく戦った上で魔物の素材にも詳しいナツキさんなら、一目見ればコレらが強力な竜の素材だという事は分かる。


 だけどこの人達は、商人とはいえここまで希少で高級な素材の価値は分かるのだろうか?


 ……いや、分かるはずがない。

 なぜならコレはこの世に1体しかいない、同種が存在しない唯一無二の”神の剣竜”の素材なのだから。



「おい、なんかベネットさんがウロコみたいなの取り出したぞ?」


「赤竜の素材か?でもあの女が女王なら、ウロコなんていくらでも用意する事はできるよな……?」


「さっきの赤竜を見たヤツいるか?あんな色だったか?」


「いやー、もっと赤かったような気がするぜ。焦ってたからちゃんとは見てないけどさ……」



 なんという警戒心ッッ!!

 もし詐欺師がこの街に来たとしたら、全く商売できないぐらいには街の人達が疑い深いね!!


 いや、別に疑い深いのは良い事だよ。

 簡単にダマされて損するような街じゃないって知る事ができたじゃないかベネット。


 ………でも今日だけはバカになって信じてくれませんかねぇ!?(泣)



「えーっと。ナツキさん、詰んだかもしれないっす」


「先ほどまで格好つけていたのがウソのようだな。情けない背中だ……」



 俺が半泣きでプルプルと顔を震わせ始めた、だがその直後だった。



「それは紛れもない”赤竜”のウロコ”じゃな。しかも飛び切り上等なヤツじゃ。どうやら再びワシらの街を救ってくれたのは本当のようじゃな。ありがとうのぉ若いの。ほれ、お前さん達も礼を言わんか」



 そう言いながら街の人達の中心にいたのは、俺の見知った顔の老婆だった。

 曲がった腰の後ろに手を回しながら、優しい目で俺たちを見つめている。



「ス、スコッチエッグの婆ちゃん……!!?」



 そう、彼女は今日の朝にスコッチエッグの作り方を教えてくれた、街の商店の老婆だったのだ……!



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