52.幸福と絶望
「……ト………ネット……」
誰かの声が聞こえる。
遠くの方で俺を呼ぶ、安心感のある声だ。
「ベネット!!!」
「……ハッ!」
俺はそこでようやく目を覚ましていた。
どうやらナツキさんが最後の一撃を放った後に、疲労感やら何やらで気を失っていたようだ。
まったく、我ながら情けない限りだな……。
「す、すいません!俺気を失ってたみたいですね」
「あぁ。私の技が当たってしまったのかと思って焦ってしまったよ。まったく驚かせないでくれ」
「はは、それじゃあ即死じゃないっす……か……?」
あれ、何かおかしいぞ?
俺の目に映る景色に”2つ”おかしい点があるぞ?
まず1つ目は、先ほどまで見えていたはずの右目が見えなくなっている事だ。
元々失明はしていた右目だ。おそらく戦いが終わり、命の危機を乗り越えた事によって役目を終えた?って事なのだろうか。
まぁコレに関しては元の状態に戻ったって事だし、そこまで問題では無い。
それよりも、問題は2つ目の方にある。
今の俺は”仰向けになって”地面に寝転んでいるのだが、なぜか俺の視線の先にはナツキさんの顔が間近に映っているのだ。しかもなぜか後頭部は温かくて、少しだけ柔らかい。
土の柔らかさとは違う、なんか、なんというか、とても心地の良い柔らかさだ。
ていうかもうハッキリ言ってしまおう。
俺だってこの状況には薄々気付いてるんだから……。
「膝枕されてるッッッ!!なんでッッ!?!?」
「い、いきなり大きな声を出すなベネット!ビックリするだろう……」
「いやいや、そりゃ大きな声出すでしょう!?ナツキさんはクールで冷たい感じなのに、時々見せてくれるデレが最高に可愛い美女なんです?なのに許可も得ずに膝枕させてくれるナツキさんなんて……なんか解釈違いなんですけど!?」
「か、解釈違い?よく分からないが、嫌なら早く起き上がってくれ。私だって重たいんだ」
「はぁ?それとこれとは話が違います。解釈は違うけど膝枕される事に喜びしか感じてませんから。だから起き上がるわけないでしょ!あと3年はこのまま動かないに決まって………」
だが俺が全てを言い終える前に、とうとうナツキさんは俺を空中へと投げ飛ばしていた!
どうやらグダグダと言い訳を並べて膝枕の時間を延長させようとしている俺に痺れを切らしたようだ。
クソ、せめてあと10分は粘るつもりだったんだけどな……。
まぁいいや、今度スキをみてやってもらおっと。
【ガシッ!】
とりあえず空中から落ちてきた俺をキャッチしたナツキさんは、そのままお姫様抱っこのような形で歩き始めていた。少し恥ずかしいけど、まぁナツキさんの顔を近くで見れるし、しばらくは黙っておくか。
とりあえずナツキさんが歩き出した方向の先には、死闘を繰り広げた剣竜アテラと悪魔族の仮面男が倒れていた。
ナツキさんのあまりにチートすぎる”文字通りの必殺技”によって、絶命してしまった2人だ。
「………さて、コイツらをどうするかだな。クローブの王都に持っていっても、あまり良い結果は得られなさそうだが……」
「そもそも俺とナツキさんは王都は入れないっすからね。俺らで独自に処理するか、王都にいる知り合いに協力してもらうか……、あとは”クローブ以外の国”に話してみるか、その辺りですかね」
「死にかけていたのに随分と頭は回っているようじゃないかベネット。それだけ元気なら、良い加減自分で立てっ!」
そして再び投げ飛ばされる俺の肉体。
クソ、意識を持ったままナツキさんに密着できた時間は実に2分16秒32。
何とか次は3分の大台に乗せたいところだな……。
なんて邪なことを考えていた、その時だった。
【ガ……アァ……】
「「!!??」」
突如、俺とナツキさん以外の声が平原に響いていた!
そして俺たちはその正体を一瞬にして理解する。
「………剣竜アテラ、まだ生きていたのか!?」
【フッ……、安心シロ。私ハモウ操ラレテイナイ上ニ、モウスグ死ヌ……。恐ラク神力ガ貴様ノ攻撃ヲ、少シダケ弱体化シテイタノダロウ……】
「そうか……それにしても、さすがは神の剣竜と呼ばれるだけはあるな。燭絶火怨渺茫・初を食らって生きていられるなんて、想像を絶する力だ」
【フン、所詮ハ悪魔ニ操ラレタ……堕竜ダ。ナノニ最後ニ素晴ラシイ技に殺サレテ、私ハ恵マレテ……イルグライダナ……】
そう言ってアテラは、口元だけを動かしながら最期の言葉を絞り出していた。
【……ソレヨリモ、貴様達ニ伝エテオカナケレバナラナイ事実ガアル。モウ意識ガ消エソウナノダ、端的ニ状況ヲ伝エルゾ……!】
「事実?」
【アァ……、既ニクローブ王国ノ中枢ハ……死ンデイル……!コレハ2ツノ意味デ死ンデイルト解釈シテクレテ問題ハ……無イ。ソシテ国王ダ、13年前ニ国王モ既ニ……我ラノ知ル血族デハ……】
どうやらアテラは、ここが1番伝えたかった事のようだった。
その証拠に死にかけのアテラは、残りの命を振り絞ってクローブ国王の現状を伝えようと声が大きくなっていたのだから。
────だが無念にもその想いを全て俺たちに伝え切る事は、とうとう叶わなかった。
”ゴォォオオ!!!!”
「な、なんだ?アテラの体が……!?いや、仮面の男までも!!」
なんと突然、アテラと仮面男の体が勢いよく発火し始めていたのだ!!
おそらく黒色に近い火の色からして、悪魔族がしかけた攻撃なのは間違いなさそうだ。
「ア、アテラ!おい、国王がどうなってるんだ!?1番大事な所を聞いていないぞ!?」
「……………」
だがアテラから次の声が発せられる事は、2度となかった。
おそらくアテラが情報を漏らそうとすれば作動する縛り付きの魔法を、仮面男か誰かが仕掛けていたのだろう。
気付けばアテラの首から上は塵になるまで燃え続け、仮面男の方は全身が跡形もなく消え、とうとう戦いの全てが完結していたのだった。
「クソ、仮面男の体は調べようと思ってたのに………!!それよりナツキさん、アテラの言ってた事は……」
「あぁ……。気になるね、とても。でも情報が少なすぎるから、今度騎士団長のキッドマンにも話してみよう。何か知っているかもしれない」
「そうっすね……」
結局俺たちは後味の悪さを抱えながらアテラに手を合わせていた。
戦いに勝利はしたものの、何か悍ましく強大な何かの一端に触れてしまった、そんな絶望感が俺たちの周りを渦巻いているのだった。