51. 燭絶火怨渺茫
数十年前、世界4大陸を恐怖に陥れた悪魔族の長、通称“魔王“がいた。
そんな彼の固有スキルの1つは【単発攻撃完全無効・解】。
その具体的な効果はというと、一定以上の威力を持つ攻撃を、一定時間以内に一定以上連続で与え続けないとダメージが入らないという能力だ。
一見言葉では分かりにくいが、実際の数字を当てはめれば魔王の強さが理解できる。
“Sランク冒険者の放つ高火力の攻撃を、一撃ごとに0.96秒以内に途切れることなく666回連続で肉体に当て続けなければダメージは一切通らない“
コレが無敵と呼ばれた魔王のスキルだった。
つまり簡単に言ってしえば、人類に勝ち目などなかった。
魔王が生まれた時点で、スキルを解放してしまった時点で、もはや人類の滅亡は決まっていたのかも知れない。
【炎滅のナツキ】がSランクに昇格するまでは……。
◇
まさに圧巻だった。
後にクローブ国王が流布させた魔王討伐戦記には“書かれなかった“ナツキ・リードの戦いぶりは、数十年経った今でも騎士団内や引退した冒険者達の間で語り継がれている。
止まることなく繰り出される、天地を揺らすような連撃。
魔王の防御動作を許さない、破壊力と正確性のある剣技。
どの瞬間だろうと、他の人間の戦士達には手出しできない圧倒的な攻撃を披露したのだ。
例えパーティの仲間が魔王の部下に剣を折られて殺されようと、彼女は多くの人類を救う為に刀を振り続けた。
0.96秒以上間隔を空ける事なく、ひたすらに刀を振り続けた。
もちろん騎士団団長をはじめとした連合軍の仲間のサポートはあったにせよ、結果的に最後の一撃もナツキ・リードが決めたと言われている。
その一撃は戦後の魔王城を3ヶ月以上燃やし続け、今でも魔王城跡地としてセイリュウ国の観光地のようになっている。
そんなナツキの放った最後の一撃の名は…………。
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【燭絶火怨渺茫・初】
とうとう俺の目の前で放たれたナツキさんの大技!!
昔ベテランの冒険者から聞いた話だと、魔王は炎の攻撃で倒されたらしく、魔王城もしばらく近寄れないほどに炎上し続けたらしい。
つまりそれはナツキさんの一撃が、恐ろしいほどに強力な炎の攻撃だったという事だ。
そして実際、俺の目の前で放たれたのは……。
「あ、あれ………?」
な、何も起こらない!?
いや、正確には少しだけ地面の砂を巻き上げるような風が起こったような気はしたが、それ以上のことは何も起こっていないのだ。
でもナツキさんは刀を振り下ろしているし、空気を薄く感じさせるようなナツキさんの圧倒的な魔力も無くなっている。
つまり間違いなく攻撃は放たれたはずなのだが、一切の炎が見当たらないのだ。
も、もしかして不発!?俺の時間稼ぎが短すぎたのか?
だとしたら無防備のナツキさんを守らないと……!!
────だがそう考えた矢先だった。
【ドサァ…………】
突然何かが地面に落ちる音が響く。
まるでそれは柔らかい何かが高い場所から落ちたような、そんな鈍い音だった。
「………え?」
そして俺は音の聞こえた方向を見て言葉を失っていた。
なぜならそこには、アテラの頭上から地面へと落ちてきた仮面男が横たわっていたのだから。
………いや、仮面男だけじゃない。
なんとアテラの方も全身を地面にベタリと付け、ピクリとも動かなくなっていたのだ!
先ほどまでは強者以外が生存を許されない過酷な戦場だったはずなのに、気付けば一瞬にして静寂に包まれた平野へと変貌していた。
「ナツキ……さん?一体何をしたんですか!?」
何が起こったのか全く理解できていない俺は、流石に焦った様子でナツキさんに問いかけていた。
だが彼女から返ってきたのは、いつもように冷静なトーンに乗せた言葉だった。
「何をしたかと言われれば、そうだな………。命の炎を消させてもらったと言うべきか」
「命の……炎?で、でもナツキさんの必殺技って、超高火力の炎を放って敵を燃やし尽くすみたいな技じゃないんですか!?
だって魔王を倒した後に炎が何ヶ月も消えなかったって聞いたことが……」
「ハッ、よく知っているな。だがそれは“昔の燭絶火怨渺茫“の事だな。ただ力任せに放っていた、目の前の全てを炎で滅するだけの単純な技だった頃の話だ」
そう言いながらナツキさんは、“何かを放った“と思われる刀を鞘へと収め、明らかに戦いを終えたような表情へと変わっている。
え、怖い怖い。脳の理解が何も追いついていないんですけど?
「だが私はこの13年間ずっと“自身を殺す“こと、言い換えれば“死“というモノに向き合ってきた。そしてその中でたどり着いた1つの答えが燭絶火怨渺茫の真髄である“消滅“の力だった」
「は、はい……」
「つまりこの技は“全てを消しとばす炎を放つ“のが本当の力ではなかったいう事だよ。むしろ正反対の“生きているモノの命の炎を吹き消す事“が本当の力だったんだよ。
ある意味では、普通の攻撃が効かない魔王との戦いを”キッカケ”にして、私はこの境地に辿り着くことができた。燭絶火怨渺茫・初と言う新たな境地へとね」
「えーっと………それはつまり、どういう事っすか?」
するとそれを聞いたナツキさんは、こっちの方を見てフッと笑みを浮かべた。
そして俺に向かって、さらには俺の背中に映るカルマルの街並みの明かりに向かって堂々と言い放つ。
「つまり戦いは終わった。剣竜アテラと仮面の男は、完全に生命活動を終えたという事だよ」
音もなく、ただただ静かに“敵の命だけ“を絶っていたナツキさんの一振り。
俺はこの人の偉大さと恐ろしさを同時に味わうことになった挙句、膨大な疲労感のせいで気付けばその場で意識を失うのだった。