49.悔いも果てなし、心晴々
「炎滅のナツキ・リード………!?」
「薄汚れた口で気安く私の名を呼ぶな、仮面の者よ」
◇
そこに立っていたのは紛れもない俺の妻、改めナツキさんだった。
「ナ、ナツキさんっ!!!」
「ベネット、一体これは何事だ。鍛冶小屋も破壊されていたというのに。というか君、魔力がほとんど残ってないじゃないか?」
「ちょっと色々ありまして……ていうか刀も折れちゃいまして……」
「……ちょっとどころの騒ぎではないな。まったく、世話のやける男だよ」
「そこは世話のやける”旦那”って言ってもらっていいですか?はい、もう1回どうぞっ!!」
「………どうやら竜はまだまだ戦うつもりのようだな」
「あぁ、ナツキさんお得意の完全無視ッッ!でもそれがいい……!」
そう言う俺の言葉に少し呆れながらも、最強の援軍ナツキさんはグッと刀に力を込める。
確かに彼女の言う通り、翼を切り落とされた剣竜アテラはまだまだ戦う気のようだ。
もちろんそれは、アテラの頭上に乗っている仮面男も例外では無い。
「あぁ、全ての計画が……。いや、元々2人を始末する予定だったのです。焦るな、何も問題はない。このまま全力で叩き潰すのみ……!」
するとそれを聞いたナツキさんは、俺に向かって疑問を口にする。
「ベネット、コイツらは一体何者なんだ?」
「……本当かどうかは分かりませんが、竜の方はクローブ王国に伝わる神の剣竜アテラ。そして仮面の方はクローブの王を守る裏の部隊、神衛の4傑の1人みたいです。
どうやら俺とナツキさんを殺すためにわざわざ魔力と神力を隠して小屋の方に行ってたみたいなんで、おそらく小屋を壊したのはコイツらかと。
それと仮面の方は悪魔族の技を使います。出来れば生きて捕らえたいっすね、アイツはかなり怪しいです。」
「なるほど、にわかに信じがたい組み合わせだな……。だが君がそこまでやられたのなら、実力は本物なのだろう。どうやら手加減は必要なさそうだ」
そう言うとナツキさんは膨大な魔力を刀へと注ぎ込み、再び刀の周りに炎を発生させていた。
一瞬にして辺り一帯の気温は上がり、自然と俺の息も上がっていく。
一歩間違えれば国すらも破壊しかねない、まさに最高ランクの【天上大利刀】に相応しい剣圧と魔力圧だ。
「アテラッ!!飛ぶ必要などありません、このまま全力の閃煌で消し飛ばしなさいっ!」
「炎國喪帝斬!」
ちょ、ちょっと待って!?
いきなり大技撃ち合うの!?
あぁマズイ、衝突した2つの攻撃のせいで爆風が!
今の俺には、これを防ぐ刀も魔力もないんですけど!?
とにかく………逃げろッッ!!
【ドッ………ゴォォオオオオオンン!!!】
◇
数十キロ先にまで響くような轟音を残した技の衝突は、一瞬にして平原を焼け野原に変えていた。
さすがはナツキさんと神の剣竜の攻撃。
こんな戦いが街中で行われていたら、1分と持たず街の全てが灰になってただろうな……。
「あっぶね~、とりあえず巻き込まれなくて済んだけど……」
かくいう俺は、その灰になりかけた人間の筆頭だ。
なんとか残り少ない魔力を使って肉体を強化していた俺は、全速力で走って爆風から逃れていたのだ。
そして連続で大技を放ったナツキさんはと言うと……。
「クソ、ほとんど相殺されてしまったか。ウロコの硬さも厄介だな」
爆煙から姿を現したナツキさんは、相変わらずクールに立っていた。
その凜とした表情と、風に靡く赤い長髪がキレイだ。
ていうかマジで美人だな。
あの人俺の妻なんですっ!って、早くカルマルの街に戻って自慢したい気分なんですけど……。
……いや違う違う、今は戦いの最中だった。
妻の美しさを再確認する時間じゃなかったね。
「ナツキさん!あの剣竜は神力を使います。基本魔力を使った技は閃煌っていう光線で相殺される上に、魔力耐性のスキルも持ってるんです!」
「なるほど、どうりで炎國喪帝斬が想定以上に効いていないワケだ。だが翼は切り落とせたんだ、相殺されなければもう少し強い技で一撃で仕留められるだろう」
「………えーっと、そのエンゴクなんちゃらって技は、最強の技じゃなかったんすね」
「あぁ、これは普通の斬撃だよ。スピードが速いから使いやすいんだよ。最大の技は、いかんせん準備に時間がかかる」
普通の斬撃が強すぎる件。
普通に国1個消し飛ばせるような威力の技が、普通の斬撃みたいでした。
俺の妻、思ってたよりバケモノかもしれません。
本人には絶対言えないけど……。
「と、とりあえず俺は刀が使えない代わりに、魔力耐性は劇的に上がってます!さっき気付いたんですけど、どうやら神力に対してもある程度耐性は発揮されるみたいなんで、俺が囮になって奴らのスキを作ります。
その間にナツキさんは、一撃で決める技の準備をするって作戦でどうでしょうか??」
「私は賛成だが………、相手にも丸聞こえだぞベネット?」
「えっ?」
あ、完全に忘れてた。普通に大声でナツキさんと話してたわ。
久しぶりに会えた喜びでテンション上がりすぎたみたい。
「何が”囮になる”だ、サン・ベネットォ!!!アナタのような死に損ないの虫は、いいから早く死ねと言っているでしょうがぁあ!!」
案の定、仮面の男は魔力を全身から噴き出していた。
いよいよ戦いも大詰め、最後の力を全身全霊で発揮してくるようだ!
すると何故かここでナツキさんがボソッと何かを呟いていた。
その声は、まるで戦いの途中である事を忘れてしまうような、とても喜びに満ちた声だったように思う。
「なぁベネット。この状況、思い出さないか?」
「思い出す?………な、なんの事でしょうか」
「君は刀が折れて、窮地に陥っている。まるで君と私が国を追い出される原因になった戦いと似ているじゃ無いか」
「あっ、確かに!!」
「フフ、だから言わせてくれ。私にとっては何十年も呪いのように心にこびり付いた後悔を祓う時が来たのだからな」
そしてナツキさんは横並びで立つ俺の目を見て、力強く言い放った。
「君を守るぞベネット。今度は私が守ってみせる」