45.視界に映ったのは
俺はドンドンと地面へ落ちていく。
視界に映るのは剣竜アテラの姿と、俺から溢れ出る大量の血液だけだ。
「ク………ソ……」
負けた、負けてしまった。
アテラの聖剣によって切られた俺は、もはや身体に力なんて入らない。
おそらく魔力に反発する光属性の攻撃によって、体内の魔力が一時的に狂ってしまったのだろう。
もはや今の俺にできる事は、ただ狭くなっていく視界を眺める事だけだった。
【ドォオン!】
そしてとうとう地面に強く叩きつけられてしまった俺は、マトモに息も出来ず、ただひたすらに苦しいだけの時間がやってきていた。
「ハ……ハァ…ガッ……ガハッ………」
ドンドンと体から感覚が無くなり、立ち上がる気力すらも起こらない。
なぜ生きているのかも分からなくなるような、そんな時間がずぅっと流れているような感覚だ。
それにしても、まさか剣竜に殺されるなんて予想もしなかったな。
結構レアな死に方じゃない?あの世で自慢できるかもしれないね……。
……けど思い返せば、思い出せない程に悲惨な幼少時代に比べれば随分と恵まれた人生を送ってこれたと思う。
恵まれた身体では無かったが、毎日剣術や体術の努力は欠かさなかった。
それが結果として現れたのが、まさに"Sランク冒険者になれた"という事だよな。
初めて組んだパーティーメンバーの顔は覚えていないけど、まぁそれなりに楽しかった記憶はある。
それなりに楽しく、それなりに難しく、それなりに幸せな……。
それなりに……幸せな……
◇
「君の特別は私であってほしい」
◇
頭にハッキリと浮かんだのは、赤い髪の女性とオムライスだった。
俺が人生で本気で愛した、最初で最後の人。
あぁ、そうだ。そうだった。
まだまだアナタと一緒にいたかったな。
アナタの言葉を、もっと俺の人生に刻みたかった。
────だからせめて、最後ぐらいは感謝の言葉をここに残します。
「あ、ありが……とう……ナツキ……さん…」
誰にも聞こえないような声を絞り出した俺。
これで少しは悔いがなくあの世にいける……。
◇◇◇
……なんて、そんなワケがないよなぁ………!?
嫌だ、嫌だよ。
俺はまだナツキさんに教えて欲しい刀の事や、色んな過去の事が沢山あるんだよ。
俺がいなくなったら、あの人は何を食べて生きていくんだ?
また不健康な食生活を送ってしまうだろ。
なによりもう、あの人の周りから”特別な人”がいなくなる事を当たり前にしたくないんだよ……!
「ガッ……アァ……!」
動け動け動け動け動け。
治れ治れ治れ治れ治れ治れ。
倒れている俺に気付いて高笑いをしている仮面男を、絶対にナツキさんの所には行かせるな。
生きたい生きたい生きたい生きたい、行きたい。
今、俺の”両目”に映る世界に、もっとアナタと一緒に見る景色を増やしたい……!!
「さぁアテラ、無駄な時間を多く費やしてしまいました。
とっととサン・ベネットを閃煌で消し飛ばしなさい」
【ガァァァアア!!!】
「フンッ、本当に虫のように厄介な存在でしたよサン・ベネット。そんなアナタが神の剣竜の閃煌で死ぬ事ができるのです。誇りに思いなさいっ!」
そしてとうとうアテラが閃煌のエネルギーを口の中で溜め始める。
地面に倒れている俺にあのブレスが放たれてしまえば、いよいよゲームセットだ。
そう数秒前までは思っていた。
(両目が……見える!?)
気付けばとてつもない違和感が視界を襲っていた。
その原因に気付くのに2秒とかからなかったように思う。
そう、悪鬼討伐戦で失明してから眼帯を付けていた右目が、今はハッキリと見えているのだ!
おそらくアテラの剣を食らった時に眼帯が外れていたようなのだが、その時はまだ左目しか見えていなかったと思う。
だけど今は違う。
狭くなっていた視界が広がっていくとともに、右目もハッキリと見えていたのだ。
「………まだ死ぬタイミングじゃないって事か?」
ボソッと呟いた俺は、冷静に体の状態を確認する。
少しずつだがアテラの聖剣に切られた傷が治っており、体に力も戻ってきていた。
残念ながら”使った魔力”が戻る様子はなかったが、おそらくここまで肉体が回復できればアテラの閃煌も避けられるような気がする。
「さぁアテラ!放ちなさい、閃煌ッッ!!!」
(今だ……!)
そして俺は痛みの残る体をグッと起こし、何とか死なない程度のスピードで地面から離脱していた。
まさか右目の覚醒によって、ここから戦況が大きく変わる事になるとは……!