38.緊急事態
「ドラ……ゴン?メイジー何言ってんだよ!!そんな訳ないじゃん!!」
剣士のアクタは、ガタガタと震えるメイジーの言葉を信じていない様子だった。
盾のリジェも同様に、メイジーが変な事を言い出したと思っているようだ。
しかし残念ながら、メイジーの言っている事は正しい。
俺が今、この瞬間に”ドラゴン”を目視してしまったのだから。
「……いいか3人とも、落ち着いて聞いてくれ。今から言う事は、冒険者として君たちに要請する事だ。脳のスイッチを切り替えろ」
「ベ、ベネットさん?」
「今スグに街の人たちを避難させてくれ。できるだけ早く、できるだけ遠くにだ。もし動けない老人や子供がいれば、運んででも無理やり連れていけ。きっと安全な場所は”防衛団”って奴らに聞けば教えてくれる」
「えっ………」
「いいから早く動け!お前達にしか頼めないんだよっ!!!!」
俺は信じられないほどに声を荒げていた。
だが一切の目線は彼らの方には向けていない。
あくまでもドラゴンと思われる飛翔体から視線を外せなかったのだ。
「「は、はいっ!!」」
何が何だか分からない様子の3人だったが、さすがに俺の鬼気迫る様子に押されたのか、ようやく行動に移り始める。
「み、みなさーーん!!ここから早く逃げてくださーい!!あと防衛団?の人いますかぁーー!?」
「早くここから避難して下さい!!何かが飛んできます!!」
「うわぁあああん!!私たち食べられちゃう、ドラゴンに食べられちゃうんだぁああ!!」
三者三様の避難指示によって、少しずつ街の住民や商人たちも異変に気付き始める。
だが”ドラゴンが来ている”なんて事までは伝わっていないようで、幼い冒険者のイタズラと考えている人も少なくなさそうだった。
────とうとうヤツが街に到着するまでは……
◇
「あー、なんだぁ?上に飛んでないかぁあ??」
「ちょっとお客さん、飲み過ぎだよ!早く店の前からどいてくれないか!?迷惑だよっ!!」
「いやぁ、でも空にドラゴンがねぇええ」
「コイツ、酔いすぎて幻覚見ちゃってるよ。ちょっと誰かー!この酔っ払い捨て…………は?」
酒場の店員が空を見上げると、そこには幻覚でも何でもない、正真正銘の”ドラゴン”が翼を広げて浮いていた。
街の10分の1を覆ってしまいそうな程に巨大なドラゴンは、まるで品定めように街の様子を見つめている。
だがそれに気付いたのは彼だけではない。
繁華街を歩いていた客、商人、建物の屋上にいた住民たち、少しずつドラゴンの存在に気付き始める。
そしてとうとう、その内の1人が断末魔のような声で叫んだ。
「せせ……赤竜だぁあああああ!!!!!」
これを合図として、街には一瞬にしてパニックの伝染が始まっていた。
何が起こったのか理解できないまま走り出す住民も多くいたようだが、空に浮かぶ巨大なドラゴンに気付くのに時間はかからない。
「キャァァアアアアア!!赤竜だ!赤竜の女王が来たんだぁあ!!」
「どけっ!邪魔だ馬鹿野郎!家に子供置いてきてんだよ!!!」
「え?え?何が起こったの?ドラゴンって何のこと??ちょっと誰か……あっ、押すなよ痛いって!」
「終わりだ。あんな巨大なドラゴン、見た事ない……」
街中に響き渡り始めた、数々の悲鳴と絶望の声。
だがそれに背中を押されるように、俺の周りにいた人たちは一瞬にしていなくなっていた。
地面に沢山散らばった酒や食事が、何とも異質な状況に拍車をかけている。
……だがとりあえずこれで最低限の避難はオーケーか?
3人の若い冒険者もよく頑張ってくれたようだ。
だが俺の上空で止まったドラゴンが何をしてくるのかが分からないからな。
俺が最優先でするべき事は、コイツに攻撃意志があるのかどうかの確認と、ここに来た目的の確認だ。
「大層なドラゴン様だなぁ!!俺の言葉は分かるのか!!?」
俺は真上で待機を続ける巨大なドラゴンに対して話しかけていた。
もちろん刀の柄に手を置きながらである。
だが反応はない。
聞こえるのはドラゴンが翼を動かす音と、遠くから聞こえる住民の悲鳴だけだ。
「それにしてもお前デカいな。まるでクローブ王国に伝わる神竜……」
しかしここで俺は息が止まる。
ある事に気付いてしまったのだ。
月明かりに照らされたドラゴンのウロコは赤く、獰猛の2文字がピッタリ似合うような鋭い牙と目。
そして首の後ろには赤い立て髪がブワァ……と生えており、頭からは木刀の様な長いツノが何本も生えていた。
だがこれらは世に伝わるドラゴンには大抵見られるような特徴だ。
息が止まるほどの理由は、そこではない。
「その100mは優に超える体長と………聖剣になっている尻尾っ!!?
お前まさか、本当にクローブに伝わる伝説の剣竜【アテラ】じゃ……!」
そう、巨大な赤竜の尻尾は間違いなく”剣”になっていたのだ!
これはクローブ王国が本当の危機に陥った時にだけ現れるとされている【神の剣竜】と【神の盾竜】。その内の【神の剣竜・アテラ】の特徴と完全に一致していた。
しかもソレはただの剣ではない。
聖書の文字と紋様が刻まれた、紛れもない聖剣だったのだ!
【グ……ルゥガァァァアアア……!】
とても低く重いドラゴンの声が、辺り一帯の建物や地面をグラグラと揺らし始める。
ヤツの一挙手一投足が災害になりうる、そんな危険性すら感じさせる圧だ。
しかし、おかしいぞコイツ。
明らかにおかしい。
だって……。
「何でお前から魔力を感じないんだよっ……!?
お前ほどの竜から魔力を感じないなんて、そんなおかしい話は無いよなぁ!?」
そう、コイツからは魔力を感知できなかったのだ。
俺の解放状態の魔力感知眼ですら見えないのだ、あきらかにコイツは”異常”である。
だが焦り始めた様子の俺に気付いたのか、とうとう”ヤツ”が俺に語りかけ始める。
その声は少し高く、自信に満ちていた。
「その右目の眼帯と雷光龍の刀……。
ようやく見つけましたよサン・ベネット!結論から言いいましょう、アナタには今日ここで死んでもらいます」
そう言い放ったのは神竜、、、
ではなく、その神竜の頭に乗っていた白い仮面の人物だった!