34.初々しい
オムライスをジックリと味わいたい所だったが、残念ながらそうはいかない。
なにせ俺は”妻を待たせている”のだ。
フフッ……、勝手に口角が上がってしまう。
きっと今の俺が世界で1番幸せなんだと、自信を持って言える。
これからの人生、果たしてどんな事が待っているんだろう。
「生きるって、結構楽しいのかもな」
無意識にそう呟いた俺は、お世話になったオムライスの店を後にするのだった。
◇
「ナツキさーん!ハァハァ……。待たせてしまってごめんなさい。さっ、帰りましょっか?」
「うん、そうだな」
「……お、オムライス美味しかったですね!また来ましょう」
「あ、あぁ、そうだな。いつでも食べに来たい味だ」
「そうっすね。へ、へへ……」
「ハハッ………」
待て待て待て、なんだこの会話!?
なんか普通の会話ができなくなってる!?
特別な人になった途端、スゲェ恥ずかしくなってきたんだけど!!
クソ、今まで結婚どころか恋愛すらした事ない俺にとっては、今の関係性が1番難しいってコトなのか?
SSランクの魔物倒すより難しくないかコレ?
と、とにかくここは当たり障りのない会話を……。
「ナ、ナツキさん、2個目のオムライスの食い方メッチャ汚かったっすね」
「……ケンカを売っているのか?」
はい間違えた。緊張して意味わかんない事言っちゃった。
なんだよ食い方汚いって。頭おかしすぎるだろ俺。
プロポーズした直後に1番言っちゃいけない言葉ランキング100年連続1位レベルだろ。
もう離婚かもしれない。
今までありがとうございました。
「ご、ごめんなさい……。なんか緊張して、何話せばいいのか分かんなくなっちゃって」
「だからって普通食べ方が汚いとか言うか!?
……ま、まぁ確かに、さっきは焦って食べたせいで下品ではあったと思うが……」
「いつも上品に食べてたから、余計印象に残っちゃったんすよね。ナツキさんは恥ずかしくなると一気に食べちゃうって知れたんで良かったです」
「恥ずかしくなんて……」
だがここでナツキさん自身が、先ほどの光景を思い出してしまったようだ。
遠回しに俺のプロポーズにオーケーを出してくれた、あの光景だ。
「恥ずかしくなんて……ないぞぉーー!!!!」
「新手のクーデレッッ!?」
気付けばナツキさんは走り出し、ケンプトン村の遥か先へと行ってしまっていた。
ていうかこの定期的にナツキさんが走っていくの、なんなん???
足早いの含めてメチャメチャ面白いからいいんだけどさ……。
とりあえず顔が痛くなるぐらい口角が上がり続けている俺は、ゆっくりと彼女の背中を追いかけるのだった。
━━━
俺たちの住む小屋まで3キロを切った時、今朝立ち寄ったカルマルの街が見えてきた。
相変わらず遠目からでも分かる綺麗な街並みは、夕暮れも相まってか俺の心をホッとさせてくれる。
「ナツキさん。俺カルマルで食材買って帰りますけど、一緒に行きますか?」
「いや……私はカルマルの住民達には赤竜の女王として怖がられている。先に小屋に戻っているよ。師匠の墓にもお供えをしたいからな」
そう言ってナツキさんは俺の誘いを断っていた。
夕飯を一緒に買うのは夫婦っぽくてやりたかったけど、まだ先になりそうだ。
「……ていうか師匠さんのお墓って、もしかして山を下った所にあったヤツですか?
俺が始めてナツキさんと出会って、洋館に行こうとした時に手を合わせていた墓石の……」
「あぁ、そうだ。そういえば言っていなかったな」
「俺はてっきり山の守り神か何かのお墓だと思ってましたよ。じゃあ今度から俺もお供物しときますね。色々師匠さんには話しておきたい事もありますし……!」
そう、師匠とはすなわちナツキさんの義理の父親。
つまり結婚の報告は真っ先にしなければいけないのだ!!
それに”日本出身”という最大の謎についても、色々と知りたい事はある。
師匠さんは俺にとってかなり重要な人物であるのは間違いなさそうだ。
◇
そしていよいよ街を目前にした時、ある3人の人影が目に入った。
装備や魔力量から察するに、Dランク帯の冒険者だろうか?
年齢は全員10代中盤のように見える。
先頭に立つ男は剣を背中に背負っており、パーティの攻撃兼リーダーの様に見える。
そして後ろの右側に立つ女は杖の様なモノを持っており、おそらく魔道師だろう。
同じく後ろの左側に立つ大きな男は盾を背負っており、防御担当だと思われる。
懐かしくなる様な初々しさを持つ彼らの足取りは、まさに”希望”と呼ぶにふさわしかった。
俺もまだまだ20歳で若いのだが、さすがに彼らの若若しさには敵わない。
もちろんナツキさn……何でもない。
「若い冒険者ですよナツキさん。この辺に冒険者ギルドはないけど、何しにきたんでしょうかね」
「カルマルに用があるか、チーリン山脈の魔獣狩りじゃないのか?まぁ彼らの実力じゃチーリンの魔獣は倒せないだろうから、大方前者だろう」
「ですよね。ちょっと話しかけてみようかな」
「な……!?」
だがナツキさんの制止を振り切った俺は、前方を歩く3人に呼びかける。
「おーーい!!君たちどこ行くのー!?」
「まったく、私には絶対に出来ないコミュニケーション方法だよベネット……」
だがこの出会いが数時間後の”厄災”の結果を大きく変える事になるとは、俺たちはまだ知らない。