33.カラフルワールド
「…………」
「………………」
お互い何も言葉を発さない数十秒。
俺も最悪の展開を考え始めていた、そんな時だった。
「ベネット。最初君とここに来た時に、私は昔誰とここに来たと言ったか覚えているか?」
「え?えーっと……。師匠さんでしたっけ?」
「そうだ。まだ私が子供だった頃の話だよ」
あれ、急に昔話?
けどナツキさん表情が、いつもとは全く違う気がする。
「その時に色んな事を話したよ。オムライスの話はもちろん、刀の素材の話、師匠の母国の話。日が沈むまで、沢山話したんだ」
「は、はい」
「だからここのオムライスを食べるたびに思い出すんだよ。師匠の言っていた言葉達をね」
「どんな事をおっしゃってたんですか……?」
俺は恐る恐る質問をする。
別に恐れる必要はないのだが、なぜか緊張している自分がそこにいたのだ。
そしてナツキさんは、少し温かさの戻った表情で答える。
「師匠は……私の将来をずっと心配してくれていたんだよ。私みたいな頑固な女が、このオムライスを一緒に食べてくれる様な人と出会えるのかどうかをな」
「………はい」
「だから私にとって、このオムライスは特別だ。師匠以外とは食べた事のない、特別な人としか食べたくない料理なんだ」
そしてナツキさんはナイフとスプーンの動きを止めて、ようやく俺の顔を見てくれた。
そして恥ずかしそうに片手で顔を隠しつつ、ナツキさんの"答え"を俺に伝える。
「だからその……これが私の答えだよベネット。
これから……その……き、君の特別は私であってほしい……から……という事だ……」
「へっ……?」
まるでリンゴのように全身が赤くなった彼女の言葉を理解するのに、俺は時間を要した。
えーっと、「私の答え」「特別であってほしい」
答えっていうのは、俺のプロポーズに対してだよ……な?
つまりそれって……。
「オ、オッケーって事っすか?」
俺の言葉に対し、ナツキさんはコクッとだけ頷き、そして直後にオムライスを口の中へと流し込むのだった。彼女にしては珍しい、行儀の悪い食べ方だ。
だけど今の俺は、きっとこの景色を”死ぬまで”忘れないのだろう。
「ご、ごちそうさまっ!!店主よ、また来るからな!その時も美味しい泥包みを頼む!」
こうして慌てた様子のナツキさんは、そのまま勢いよく店から出て行くのだった。
魔力感知眼で見る限り、彼女の体内魔力はグッチャグチャだ。だがもはや、それすら愛おしくなる自分がいた。
◇
「た、大変だったなお兄さん。最初はあんな仲良さそうだったのに、ケンカ別れかい?」
すると俺たちの会話を聞いていなかった店主が、ナツキさんの皿を下げにやってきた。
どうやらナツキさんが怒って出て行ったと思っているようなので、俺は今の状況を簡潔に説明する。
「……て、店主さん。最初俺たちがココに来た時、俺たちの事を夫婦って間違えてたよね?」
「あぁ、その件はスマなかったな」
「た、多分なんですけど、今まさに俺たち、本当の夫婦になったっぽいです」
「…………はぇ?」
間抜けな声を出した店主は、しばらく俺の言葉を理解できずに立ち尽くしていた。
そして俺は同時に騎士団長アスロットの言葉も思い出す。
◇◇
「お前のような明るい人間に出会えば、ナツキは何か変わるんじゃないか、”仲間を守ったお前”を知れば、ナツキは何か考えが変わるんじゃないか?
どうやらワシの勘が正しかったようだな」
◇◇
違う、違うよアスロット。
変えたのは俺じゃない、ナツキさんだよ。
俺がナツキさんに出会って、日々を生きる事の尊さに気付けたんだよ。
目の前で過ぎていく物事に対して重要性を見出そうともしなかった俺に、世界の色を与えてくれたんだよ。
きっと今日からナツキさんと紡いでいく人生の物語は、俺にとって最初で最後の美しい思い出になっていく。
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【次回】
新章・カルマル防衛戦スタート