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32.さよなら

「俺と結婚してください」


 俺は自分の気持ちに嘘をつかず、ただ今の想いを吐き出していた。


 もはや断られた時のことなど考えてはいない。

 ただ前世の名月(なつき)が背中を押してくれただけだ。


「…………」


「…………」


 そして流れる数秒の沈黙。

 俺は地面の砂を見つめていた。


 しかし俺はとうとう耐えきれず、ナツキさんの顔を見上げる。

 そこにあったのは……。



「ナツキさん?」



 まるでオムライスにかかっていたケチャップのように赤い顔をしたナツキさんが、そこに立っていたのだ。


 少し赤くなる程度なら見た事はあるが、ここまで赤くなる彼女の顔は見た事がない。

 せいぜい刀を打っている時に、火に照らされた彼女の顔ぐらいか。


 そしてしばらく間を置いた彼女は、ゆっくりと口を開く。



「君は、一体君は私の事をどう………くっ……」



 言葉に詰まるナツキさん。

 どうやら俺のプロポーズに対して、まだ脳が全く整理できていないようだった。


 だが再び、絞り出すように俺に向かって言い放つ。



「そ、そそ、そういう事は……もっと時間をかけてから。

 も、もっとお互いの事を知ってから言うモノじゃないのかぁーー!!??」



 すると突然、背中を向けてケンプトン村の中心へと走り出したナツキさん!

 風で(なび)く赤い髪は、まるで宝石のルビーのようにキラキラと輝いて見えた。



「足はっや……。ていうかこれは、フラれた……よね?」



 一瞬で小さくなってしまったナツキさんの背中。

 同時に俺の腹の奥もキュゥッと痛くなる。


 この想いを伝えても後悔しないと思っていたのだけれど、どうやら俺は想像以上にナツキさんの事が好きだったみたいだ。


 この初めて感じた痛みは、しばらく消えないような気がしている。



————————



 とはいえ魔眼スキル【魔力感知・解】を持っている俺には、ナツキさんがどこにいったのか丸わかりだった。

 どうやらこの村で最初に食べたオムライスの店に戻っている様だ。



「あの人、また食べる気だな。30分前に食べたばっかりなのに」



 俺はフワフワと地に足がつかない感覚のまま、気付けばオムライスの店に向かっている。


 向かった所でどうするんだ?

 何を話すんだ?


 そんな事は分からない。でも帰る場所だけは間違えないでいたい。

 俺は数十分かけてゆっくりと村を歩いていた。



 カランッ……



 そして相変わらず錆びたベルを鳴らした俺は、結局オムライスの店の扉を開けていた。


 すると同時に俺に駆け寄ってきたのは、小太りの店主だ。

 最初ここに来た時とは違って、少し焦っているようにも見える。


 その理由はどうやら……。



「お、お兄さん!何でこの30分の間にケンカしてるんだ!さっき入って来た嬢ちゃんが怖くて仕方がないよ」



 そう言って店主が指差した先には、神妙な面持ちでオムライスを見つめるナツキさんの姿があった。

 目の前に大好物があるのに、あんな顔をしているナツキさんは珍しい。


 ……まぁ間違いなく原因は俺だけど。



「急に店に入ってきたと思ったら、鬼気迫る顔で”また卵のヤツを2つ作ってくれ!”って言われたんだよ。

 最初の顔が怖すぎて、殺されるかと思っちゃったよ……!?」


「ハハッ、ナツキさんはそんな事しないっすよ。それでもう1つのオムライスは?まだ1つしか出来てないみたいですけど」



 すると俺たちの会話を聞いていたのか、はたまた聞いていなかったのかは分からないが、突然ナツキさんが俺に向かって語りかける。



「おいベネット、早く座れ。砂漠まで行ったんだから、お腹が減っているだろ?」


「へ、へぇ……?まぁ減ってるっちゃ減ってますけど……」



 意外にも普通に話しかけてきたナツキさん。

 ……ていうか今気付いたんだけど、プロポーズ断られたのにノコノコと会いにきた俺、もしかしてメチャクチャ気持ち悪くない!?ストーカーじゃない!?


 やばい、完全に無意識だった。

 でも座れと言われて座らない訳にもいかないよな……。


「し、失礼します」


 俺は気まずそうにナツキさんの対面に座っていた。


 するとそのタイミングで店主が持ってきたのはオムライス。

 どうやらもう1つのオムライスは、俺の為に頼んでいたようだ。


 それにしても相変わらず綺麗に整ったオムライスの形は、今の俺の感情とは正反対だな。

 これぐらい丸く生きられたらいいのに。



「いただきます」


「あっ、いただきます」



 するとオムライスを一口も食べていなかったナツキさんが、突然”いただきます”を宣言していた。

 いつもと変わらない、礼儀正しいナツキさんの合掌だ。


 そして何事もなかったかのように卵の真ん中をナイフで切り、半熟の卵をドロッと見せる。



 ……えーっと、これはどうすればいいんだ?

 何を求められてるんだ?


 これを食べたら、もうお別れですって事なの……か?




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