表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/119

31.運命とは程遠い出会いだった

「意外と早かったな、ベネット」


 ナツキさんはケンプトン砂漠の入り口で俺を待ってくれていた。

 だが今までとは違って見える彼女の表情は、今の俺には少し(まぶ)しい。



「……どうしたんだベネット?キッドマンに変な事でも吹き込まれたか?」


「えっ。いや、そんな事ないっす。ちょっと考え事してただけです」


「そうか?」



 ナツキさんは俺の少しの変化に気付いていた。相変わらずよく見ている。


 最初この人と出会った時には、全くこちらの声には耳を傾けてくれない冷たい女性だった。

 だけど今となっては、俺の言った些細(ささい)な事を覚えていてくれたり、俺の様子を気にかけてくれている。


 それが誰よりも辛い過去を送ってきたであろう、ナツキさんという人なのだ。



「ナツキさんは優しいですね」


「………!?や、やはりおかしいぞベネット!キッドマンに何か言われたんだな!?」



 ケンプトン村へ足を踏み入れた俺たちは、そのまま会話を続ける。



「大した事は言われて無いっすよ。ただこれからもナツキさんの事をよろしくって言われただけです」


「そ、そうか……。まったく、私を子供扱いするのはやめろと言っているのだがな。ヤツは昔からそうだ」


「昔からですか。………俺は昔に会った人達のことなんて覚えてないんすよね。ただひたすらに目の前で起こることだけに集中して、それ以外からは目を背けてきたんです」


「……ベネット?」


「だからきっと、ナツキさんの事もしばらくすれば忘れてしまいます。結局俺にとって、この世界なんて死ぬまでのヒマ潰しだったんですよ。

 子供の頃から最悪の環境で育った俺は、きっと生きる事に対して真面目になる事をやめてたんです」



 俺はとうとう立ち止まって、前を歩くナツキさんの背中を見つめていた。

 その背中は大きくて、だけどどこか消えてしまいそうな儚さを背負っている。


 そして俺は勝手に流れ出した涙と共に、抑えきれない”本当の気持ち”を絞り出した。



「でもなぁ………でも俺、ナツキさんと離れるのは嫌だなぁ……。こんな気持ちになったの、生まれて初めてだからさぁ……!!なんなんだよ、この胸の痛み。

 こんな痛みの対処法、冒険者時代には誰も教えてくれなっただろ……!」



 するとそれを聞いたナツキさんは、ゆっくりと立ち止まり、そしてゆっくりと俺の方へと振り返っていた。

 その姿は逆光だったせいで、彼女の顔まではハッキリと見えない。


 だがその逆光で黒くなったナツキさんのシルエットを見た瞬間、俺の脳内には”新たな前世の記憶”がフラッシュバックしていた。

 料理の知識だけではない、日常の景色だ。


 そして同時に聞こえてきたのは、聞き馴染みのある女性の声。



「私を見つけてくれてありがとう。来世でも一緒だといいねっ!」



 逆光の中でロングスカートを風に揺らしながら、俺に語りかけていた彼女。

 あれは夏の川沿いの堤防だった。


 そしてその声を思い出した瞬間、俺は無意識にその女性の名前を呟く。



名月(なつき)……?」



 彼女の名前は名月。

 そうだ、そうだった。


 彼女は俺の前世の奥さんだ。


 どうして思い出せなかったんだろう。

 ずっと君の名前を呼んでいたのに。



「ナツキさん……」



 俺は砂の上に落ちる涙の跡を見つめながら、”目の前”にいるナツキさんに向かって語りかける。



「僕と結婚してください」



 聞こえるのは、静かな風の音だけになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ