31.運命とは程遠い出会いだった
「意外と早かったな、ベネット」
ナツキさんはケンプトン砂漠の入り口で俺を待ってくれていた。
だが今までとは違って見える彼女の表情は、今の俺には少し眩しい。
「……どうしたんだベネット?キッドマンに変な事でも吹き込まれたか?」
「えっ。いや、そんな事ないっす。ちょっと考え事してただけです」
「そうか?」
ナツキさんは俺の少しの変化に気付いていた。相変わらずよく見ている。
最初この人と出会った時には、全くこちらの声には耳を傾けてくれない冷たい女性だった。
だけど今となっては、俺の言った些細な事を覚えていてくれたり、俺の様子を気にかけてくれている。
それが誰よりも辛い過去を送ってきたであろう、ナツキさんという人なのだ。
「ナツキさんは優しいですね」
「………!?や、やはりおかしいぞベネット!キッドマンに何か言われたんだな!?」
ケンプトン村へ足を踏み入れた俺たちは、そのまま会話を続ける。
「大した事は言われて無いっすよ。ただこれからもナツキさんの事をよろしくって言われただけです」
「そ、そうか……。まったく、私を子供扱いするのはやめろと言っているのだがな。ヤツは昔からそうだ」
「昔からですか。………俺は昔に会った人達のことなんて覚えてないんすよね。ただひたすらに目の前で起こることだけに集中して、それ以外からは目を背けてきたんです」
「……ベネット?」
「だからきっと、ナツキさんの事もしばらくすれば忘れてしまいます。結局俺にとって、この世界なんて死ぬまでのヒマ潰しだったんですよ。
子供の頃から最悪の環境で育った俺は、きっと生きる事に対して真面目になる事をやめてたんです」
俺はとうとう立ち止まって、前を歩くナツキさんの背中を見つめていた。
その背中は大きくて、だけどどこか消えてしまいそうな儚さを背負っている。
そして俺は勝手に流れ出した涙と共に、抑えきれない”本当の気持ち”を絞り出した。
「でもなぁ………でも俺、ナツキさんと離れるのは嫌だなぁ……。こんな気持ちになったの、生まれて初めてだからさぁ……!!なんなんだよ、この胸の痛み。
こんな痛みの対処法、冒険者時代には誰も教えてくれなっただろ……!」
するとそれを聞いたナツキさんは、ゆっくりと立ち止まり、そしてゆっくりと俺の方へと振り返っていた。
その姿は逆光だったせいで、彼女の顔まではハッキリと見えない。
だがその逆光で黒くなったナツキさんのシルエットを見た瞬間、俺の脳内には”新たな前世の記憶”がフラッシュバックしていた。
料理の知識だけではない、日常の景色だ。
そして同時に聞こえてきたのは、聞き馴染みのある女性の声。
◇
「私を見つけてくれてありがとう。来世でも一緒だといいねっ!」
◇
逆光の中でロングスカートを風に揺らしながら、俺に語りかけていた彼女。
あれは夏の川沿いの堤防だった。
そしてその声を思い出した瞬間、俺は無意識にその女性の名前を呟く。
「名月……?」
彼女の名前は名月。
そうだ、そうだった。
彼女は俺の前世の奥さんだ。
どうして思い出せなかったんだろう。
ずっと君の名前を呼んでいたのに。
「ナツキさん……」
俺は砂の上に落ちる涙の跡を見つめながら、”目の前”にいるナツキさんに向かって語りかける。
「僕と結婚してください」
聞こえるのは、静かな風の音だけになっていた。