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30.最後の背中

「ベネットよ、最後に少しだけいいか?ナツキは先に行っていてくれ。ここからは男同士の話だ」



 そう言ってアスロットは俺を呼び止めた。

 なんだ男同士の話って、俺はゴリラに興味なんてないぞ……。


 だが残念ながらナツキさんは、何の躊躇(ちゅうちょ)もなくアスロットの言葉を飲み込む。


「分かった。ベネット、私は先に村に戻っているぞ」


「え、えぇ……普通に置いていくんすね……」


 少し落ち込んだ俺だったが、ナツキさんに泣きつくわけにもいかない。

 仕方なく俺は、小さくなっていくナツキさんの背中を見送るのだった。



「はぁ……」


「そうため息をつくなベネットよ!ワシも忙しいんだ、長話をするつもりはない」


「なら早くしてくれ。お前の顔よりナツキさんの顔の方を見てたいんだよ」


「ファッハッハ!!随分な言いようだなベネット。だがどうやらナツキとは仲良くやれているようで良かったぞ」


「その言い方……まるでお前の予想通りみたいな言い方だな」


 するとそれを聞いたアスロットは、珍しく遠くを見つめながら温かい笑顔を浮かべた。

 俺の見た事のない、彼の父親としての表情だ。



「聞いてるとは思うが、ワシは魔王討伐遠征の時にナツキと共に戦った。だが実を言うと、それよりも前にワシはナツキとは知り合いだったのだ。

 その時のナツキはもっと明るく、未来に希望を持った若者だったな」



 俺の知らないナツキさんの物語を語り始めるアスロット。

 気づけば俺は、彼の声に耳を傾けている。



「だが魔王軍に彼女の義理の父親が殺されてからは、笑顔が目に見えてなくなっていった。

 魔王討伐遠征の頃には、もはや表情は一切変わらなくなっていたな」


「義理の父親……もしかしてソレって……」


「聞いていないのか?ナツキの刀鍛冶の師匠のことだ。

 彼がいなくなってからは、もはや彼女は別人のようになってしまったのだよ」



 ナツキさんからは、俺と同様に”日本の記憶”を持っている師匠がいる事までは聞いていた。


 だがまさかそれが”義理の父親”だったとは。

 俺はまだまだナツキさんの事を全然知らないんだな。


 そしてアスロットは続ける。



「だがこの数分間のナツキを見てワシは安心したぞ!この数十年、ずっと現実逃避のように刀を作っていたナツキの暗い顔が、久しぶりに明るく見えたのだからなっ!!

 ベネット、お前と共に悪鬼討伐戦で戦った時に思ったのだよ。”お前のような明るい人間”にナツキが出会えば、何か変わるんじゃないか、”仲間を守ったお前”を知れば、何か考えが変わるんじゃないか。

 どうやらワシの勘は正しかったようだ」


「……俺が王都を離れる最後にギルドに寄るって予想して、あの依頼をギルドに出してたのか?」


「うーむ、正確にはあのホーネットという受付嬢だけに依頼を渡しておった。彼女とはギルドでよく話していたのだろう?快く快諾してくれたぞ」



 王都ギルドのホーネットちゃん。あぁ、そんな子いた気がする。まさかそんな事に巻き込まれていたとは。

 ホーネットちゃんの連絡先が書いてあると思ってた過去の俺がメッチャ恥ずかしい……。


 そして最後にアスロットは予想外の行動をした。



「つまり何が言いたいのかというとだな、お前には感謝しているのだ。

 だからありがとうベネット!これからもずっと、ナツキを頼んだぞ」



 なんと騎士団長が、俺に向かって頭を下げていたのだ。

 さすがに俺も驚いてしまったが、だがあくまでも冷静に答える。


—————その答えすらも、自分が予想していなかった言葉になるとは知らずに。



「……俺は美人に優しいだけだよ」



 こう冷たく答えた事に、俺自身が驚いていた。

 なぜか俺は”これからもずっとナツキさんを頼む”というお願いに対して、ハッキリ”YES”と答えられなかったのだ。


 ナツキさんの事は大好きだし、尊敬もしている。

 だけど”これからも……”という言葉が妙に引っかかってしまったのだ。


 俺は一体、ナツキさんにとって何なのだろう?

 弟子入りはしたけど、ずっと一緒にいられるのだろうか?


 ……何で一緒にいられると思い込んでいたのか?

 なんで俺は今、彼女と一緒に暮らしているのだろう。

 

 彼女は俺の言葉をたくさん覚えていてくれるが、俺はナツキさんの言葉を覚えているのか?

 俺は幼少期から両親に見捨てられたせいで、人の話なんて真剣に聞く価値が無いと……



「どうしたベネット?」


「あっ……」



 ハッとした。

 俺は完全に自分というモノを持っていない事に気付いてしまったのだから。

 ただ俺は楽しい事、自分が正しいと思う事だけに注視してきた。


 いや違う、違うだろ。

 他の全てから目を逸らしてきたんだ。


 ただ何となく目の前の事が過ぎていけばいいと、世界を軽視していたんだろう。



「……いや、この数日で色んな事が起きすぎたせいだな。少し頭が混乱しただけだ。

 安心しろ、ナツキさんは俺に守られるほど弱くはないさ」


「ファッハッハ!そうだな、ナツキの一振りはこの世界でも3本の指に入る脅威だろうからなぁ!」


「それナツキさんに伝えておくよ」


「や、やめてくれ。王都ランドーンが滅んでしまう」



 そして俺たちは大きな声で笑っていた。

 ナツキさんいたら確実に殺される様な会話だが、まぁ”男同士の会話”としては良いオチがついたようだ。


 俺の得意な(いつわ)りの笑顔には、アスロットも気付かない。



「それではベネット、しばらく会う事はないが、いつかまたお前の力が必要になる時は来る!

 その時までに腕を鈍らせない様に精進しておけよっ!!」


「そっちこそ悪鬼を倒す前に、自分の刀に殺されるんじゃねぇぞ」


「ファーッハッハ!そうならぬよう鍛錬に励むさ。ではサラバだベネットッ!!」



 こうして数十分の再会を終えた俺たちは、各々の帰る場所へと歩き始めていた。


 クローブ王国騎士団団長アスロット・キッドマン。

 (のち)に悪鬼頭領に惨殺された彼の刀が俺たちの前に現れるのは、まだまだ先の話である。



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