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20.鳥カゴを開けてくれたのは

「私は……私を殺せる刀を作っていた」


 彼女はそう言ってグラスのミルクを飲み干していた。

 そして淡々と”刀を作り始めた理由”を語り続ける。


「私はずっと死にたかった。魔王を倒して王都から追放されて以降、ずっとね。

 小さかった私を育ててくれた師匠もいない世界などに、もはや未練は1つもなかった。そう自分に言い聞かせて、この十数年を過ごしてきたんだよ」


 彼女は苦笑いのような表情を浮かべ、食べ終えた食器をキレイに重ね始めた。

 その時に鳴るカチャカチャという音は、なぜか今は寂しくて重たく感じる。


「……だが知っての通り私はスキルの関係で簡単には殺されないし、死ぬ事も出来ない。だから魔王を倒してから今までの数十年間、私はずっと私を殺せるだけの強い刀を作っていたんだよ。

 最後ぐらいは、師匠の教えてくれた鍛冶の技術を極めたいと思ってね」


 そして彼女は台所に食器を運び始め、俺に背を向ける形になっていた。


「だけど道は険しかった。それこそ十数年で出来た刀は全て失敗作だったよ。今でも答えには辿り着いていないし、結果的にそれが原因で私は今日まで生き延びてきた。

 なぜか失敗作を求める騎士団長や冒険者に刀を売って、生計を立てる事はできたからね」


「つまり普通の刀鍛みたいに、依頼を受けて作ってたんじゃないんすね」


「あぁ。だから買ってくれるのは私の冒険者時代の知り合いだけだ。クローブ王国の騎士団長を含めた、たった数人のね」


 そして彼女は先ほど出来上がったばかりの新作の刀を見つめ、少し呆れたような笑いを声に出す。

 きっと今回も失敗作を作ってしまった自分に対する情けなさを感じてしまったのだろう。


 俺はそう解釈していた。



「だけど、君に出会って少し考え方が変わったんだ。この前の洋館クエストの帰りに森で言っていた事を覚えているか?

君が私に言った事だ」


「いや~……あんまり……」


「はっ、君らしいな」



 するとナツキさんは少し前の事を思い出しながら、俺に言われたらしい言葉を(つむ)ぎ出す。



「君はこう言ってたよ。子供が2度と泣かないような世界を作るために、私のような強い人間が戦うべきなんじゃないか?

 1人の死に涙を流せる人こそ、人前に立つべき人間なんじゃないか?ってね」


「あー、言ったような気はします……。あんまり覚えてないっすけど」


「正直ハッとしたよ。私は私の罪にだけ意識を向けて生きていたからね。仲間を見捨てたという罪だ。

 だから誰かの為に命を費やすなんて事を、恥ずかしながらこの数十年思いもしなかった。それだけ私にとってこの世界は暗く、狭く、残酷で、辛いだけの鳥籠(とりかご)だったんだよ」



 そして彼女はスゥ……と息を吸い直し、俺の方に向き直ってから再び口を開く。



「だからありがとうベネット。君のおかげで、少しだけ刀に対する向き合い方が変わったよ。誰かを守る為に刀を作る事もできるってね。

 きっと土壇場で仲間を守る判断をした君を、私は尊敬しているんだ。私の見られなかった数十年分の景色を、君はきっと私に教えてくれた」


「そんな面と向かってお礼言われると、さすがに照れますね……。

 でも少しでも力になれたのなら、それは良かったです。ナツキさんに暗い顔は似合わないっすよ」


「……あぁ、師匠にもよく言われたよ。ありがとう」


 そう言って彼女は俺に向かって最大級の笑顔を浮かべていた。

 それは雪山にいる事を忘れてしまうほどに温かく、だけど美しく凛とした気品も漂わせる、この世界で最も価値があると錯覚してしまうような笑顔だった。


「………ッ!!?」


 そしてソレを直視してしまった俺は、途端に顔が熱くなるのを感じていた。

 何なんだ、この感情は?胸の奥の奥がギュウッと握られるような、息苦しさすら感じるようなこの感情は?


 だがそんな俺の高鳴る心臓を追い込むように、事態は急転する。



【パァリンッッ!!】


「あぁ……!」



 どうやらナツキさんが持っていた食器が、ナツキさんの握力に耐えられずに割れてしまったようなのだ。


「いやいや、だから力入れすぎですよナツキさん!ハハハッ!!」


 俺は熱くなる顔を隠すようにしてスグに立ち上がり、床に散らばった皿やグラスを拾い始めようとした。

 こうすればナツキさんから俺の顔は見えないからな。我ながら完璧な状況判断だったと思う。



——————ナツキさんまでもが割れた皿を拾い始めるまでは。



「ちょ、俺が拾いますって!指ケガしたらどうするんですか……!?」


 俺は咄嗟に顔を上げてナツキさんを止めようとする。

 だが今思えばナツキさんのスキルは”身体硬化・解”だ。こんなガラスの破片如きで指が切れるはずはなかった。


 でも俺は、本気で心配してナツキさんの顔を見ようとしたんだ。

 だからソレと同時にナツキさんも顔を上げるなんて、予想もしていなかった。


「……!?」


「…………!?」


 俺の目の前に映っていたのは、とてもキレイなナツキさんの顔。

 その距離、甘く見積もっても5cm。


 もはや彼女の目の奥すら覗けるほどに、2人の顔の距離は近づいていたのだ。


 ……え?待ってコレどういう状況?

 びっくりしてお互い黙っちゃったんだけど。


 え?え?もうコレ、唇を合わせないと次に進めない状況って事でいいんですか!?教えて神様~!! 



 ……だが結局この状況に耐えきれなかったのは、ナツキさんの方だった。


「じゃ、じゃあ拾うのは任せようか!!私が拾ってしまうと、また割ってしまうかもしれないカラナ~」


「そ、そうっすね!俺がやっときます」


 そして少し飛び上がるぐらいの勢いで立ち上がったナツキさんは、なぜか寝室の方へ入っていったかと思えば、特に何かをする訳でもなくウロチョロとして、再び食卓の方へと戻ってきていた。


 もう明らかに挙動不審になってしまっているナツキさんの姿を見た俺は、ようやく冷静になって彼女の行動に笑顔を浮かべるのだった。



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