112.繋がる
新たな旅立ちの日。天気は晴れ。
再びクローブ大陸へと戻る準備を整えた俺達夫婦は、洞窟内にある龍宮城から出発してシージェンの街を後にしようとしていた。
「短期間でしたけど、色んな事がありましたね」
「あぁ。収穫の多い旅だった」
そう言葉を交わして、俺達はシージェンの街を背にして歩き出そうとした。独自の料理や独自の文化、そして龍族という誇り高き種族。どれもが新鮮で、どれもが刺激的な街だった。
また機会があれば再びこの地を踏みたいと、そう強く思う。
………だがそんな時だった。
「姉様、お待ちください!」
突然背後から聞こえた、姉様と呼ぶ声。まぁ十中八九リィベイだろう。
しかし俺が振り向いてはみたものの、そのリィベイの姿は見当たらなかった。
はて、一体どこから呼んできたのだろう?
「こっちだよ坊や。上を見なさい」
すると今度は艶やかな女性の声も響いていた。俺もその声に従って上を見上げてみると、何とそこにいたのは三人の龍族だった。
「リィベイ、ロンジェンさん!それと………」
小さな羽を生やして空から降りてきていたのは、リィベイとその母親のロンジェン。そしてこの街で最初出会った龍族である緑髪の………緑髪の………。
「ス、スラ、スリ………スリチャンみたいな名前の人!」
「スンチェンだっ!!分からないのに当てようとするな無礼者がっ!!」
そう言ってスンチェンは顔を真っ赤にして怒っていた。それにしても覚えにくい名前だな。次会った時に覚えている自信がない。
すると再び、リィベイがナツキさんだけに問いかける。
「もう帰られるのですか姉様?」
「あぁ。もうシージェンでする事は残っていないからな。サンの刀や、修行の為に帰国するよ」
そう、今の俺には刀がないのだ。なので手に入った龍の素材と剣竜アテラの素材を元に、特級鍛冶のナツキさんに新しい刀をカルマルの街で打ってもらう事になっていた。
そして彼女の言う修行とは、昨日の夜に教えてもらったナツキさんの剣術の先生に会いに行く事だった。どうやらその先生はクローブ大陸にいるらしく、一旦刀を作ってから会いに行こうという流れを昨日の宿で話し合っていたのだ。
つまりもうスザク大陸にはしばらく用はない、というのが本音だ。
「そ、そうですか………。そんな弱いサンという男に姉様の隣が務まるとは思えませんが………」
「そうか?サンは自分に合った刀さえ使えば充分に強いぞ。いつか本気の手合わせをすれば良い。きっと君もサンを見直す」
「ナツキさん?勝手に俺の命日を決めないでもらえますか?リィベイはアホみたいに強いですよね?」
それを聞いたナツキさんは、悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。どうやら俺が苦しい目に遭うのを分かって提案したようだ。悪魔すぎる。もはやサディスティックの悪魔に改名した方が良い。本人には絶対言えないけど。
………でも万が一リィベイとその日が来た時のために、しっかりと修行しておかないとな。いつまでもナツキさんに頼りっぱなしなのも、そろそろ限界だ。
「リィベイ、その辺にしておきなさい」
するとリィベイの少し後ろに立っていたロンジェンさんが、リィベイの肩に手を置いて彼を静止していた。相変わらず妖艶という言葉がピッタリの彼女は、とても長く艶やかな紫色の髪を揺らして俺の視線を集める。
肌の露出自体はそこまで多くないはずなのだが、特殊な構造の着物から見える太ももや肩の部分の色気が俺を酷く惑わせようとしていた。
「サン………?」
だがナツキさんの殺気により、スグに現実へと引き戻される。危ない危ない、何と危険な太ももなのだろう。
そしてロンジェンも気を取り直して続ける。
「リィベイが色々とお世話になったみたいね。特にナツキちゃんはツァンツィーも救ってくれたものね。本当にありがとう。龍神王穿天の娘としても、心からの感謝を送るわ」
そう言ってロンジェンさんは着物を丁寧にスッと持ち上げ、頭を下げる。おそらく龍族特有の礼儀なのだろう。容姿だけではなく、所作にも美しさが宿っている。
「わざわざ感謝を伝えに来てくれたのか、ありがとう。ただアナタの息子・リィベイの様子をおかしくしてしまった事は謝罪したい。私のことを姉様と呼ぶようになってしまったからな」
「あら、髪の色が同じだものね。それにナツキちゃんとリィベイは魔力も少し似ているし、お似合いじゃない?」
「なぁサンよ。この母親もダメかもしれん」
するとナツキさんは呆れた様子で俺の方を見ていた。ロンジェンさんはリィベイに何かしら注意してくれると思っていたようだが、どうやら変人の親も変人だった。
まぁナツキさんにとって損をする関係性でもないし、俺から言う事は特にないんだよな………。
「ま、まぁ………これからは弟子みたいな感じで接すれば良いんじゃないですか?それに結構リィベイは権力ありそうですし、いつか利用できるかもしれませんよ?」
「君は抜け目ないな。でも今日で会わなくのは確かだし、一応は今後のために我慢しておくか………」
そう言ってナツキさんはリィベイの姉様呼びを渋々受け入れたのだった。するとその当事者であるリィベイが再び口を開く。どうやら最後にナツキさんに伝えておきたい事があるようだ。
「姉様。再び旅に出られるのであれば、どこかで私の父に会うかもしれません。特に姉様のような強い剣士であれば、必然的に巡り合うように出来ている気がします」
「君の父親?」
「はい。確か姉様の刀鍛冶の師匠・フレア殿でしたっけ?そのフレア殿の最後の刀の封印を解ける唯一の人物です。もし出会う事があれば私の名前を使って結構ですので、刀の封印を解くようにお願いしてみてはいかがでしょう?」
「なるほど………!確かに君の名前を使えるという事が、師匠の刀に繋がるのか!分かった、もし会う事ができたら躊躇なく君の名を使わせてもらおう」
そのナツキさんの宣言に対し、リィベイはそれはそれは嬉しそうに”はい!”と大きな返事をするのだった。
それにしても、まさかこんなに早くリィベイの権力を使える可能性が出てくるとは俺も予想していなかったな。相変わらず俺はリィベイに嫌われているようだが、ナツキさんが良い関係を築いてくれたのは本当に良かった。
さて、それでは別れの挨拶もこの辺にして………。
「それじゃあナツキさん、そろそろ出発しましょうか」
「あぁ、そうだな。行こうかサン」
俺達は手を振って見送るロンジェンさんと、涙目でナツキさんだけを見つめるリィベイと、特に何かをするわけでもないスンチェンを背に、再び飛行場へと歩き始める。
ここからは往路と同様にグリーンバードに乗って、クローブ大陸へ戻るだけだ。
戻るだけだったのだが………。
「ガウガウッ!!!バウゥ!!」
おいおい、また新しい声が聞こえてきたぞ!?このシージェンという街は、後から後から登場するのがルールなのか!?
「お、おい!?またお前かっ!!やめろ、離れろ!!」
あー、なるほど。やはりモフモフの”白虎”だったか………。いつも通りナツキさんに飛びついて、ナツキさんを地面に押し倒している。確かこれで三度目、もはや見慣れてしまった光景だな。
するとその様子を20mほど離れた場所で見ていたリィベイが、呆れた様子で口を開く。
「あぁ、ソイツには姉様が出ていく事を隠していたのだが………。やはり魔力でバレていたか」
どうやら街から離れていくナツキさんに気付いた白虎は、全速力でナツキさんを追いかけてきたらしい。可愛いというか、執念深いというか………。
「姉様、その白虎は”本当の強さを持った者”にしか懐きません。それこそ今までにソイツが懐いたのは、私自身と私の父親だけです。しかしそこまで懐いたところを見るのは初めてですね。これはもう仕方ない」
「つまりリィベイ、何が言いたい!?」
すると勿体ぶっていたリィベイは、少し裏のある笑顔を浮かべて俺達に言いはなつ。
「ぜひソイツを連れて行ってやってください!きっとソイツも望んでいます。それに世話するの面倒くさいしな………」
完全に世話が面倒くさいって言ったな。ナツキさんには聞こえていないようだが、俺にはハッキリと聞こえていた。でも正直言うと、俺は少しワクワクしている。このモフモフと一緒に旅に出れば、旅先でも最高の枕になってくれそうだからな!
「よし。連れて帰りましょうナツキさん」
「は、はぁ!?何を言っているんだサンッ!!」
「リィベイ、こいつの名前はあるのか?白虎は名前じゃないだろう?」
俺は珍しくナツキさんの声を無視して、リィベイに質問をしていた。こうなってしまったら、もう勢いで進むしかない。
「あぁ、もちろんだ。ソイツの名は”シンユン”。シンユン自身が認めた者にしか呼ぶ事を許されない、高貴な名だ」
「そうか。それじゃあシンユン、これからよろしくな!!」
「ガウッバウッ!!!」
「おいサン、リィベイ、私の話を聞かないかっっ!!??」
なぜか俺が名前を呼んでも怒らなかったシンユン。どうやら俺も”本当の強さ”ってやつを持っているのだろうか?どちらにせよシンユンにまで嫌われる事にはならず安心した。
そんなシンユンは、相変わらずナツキさんの顔を舐め続けるだけだ。
………こうして最後までドタバタだった俺達。それを遠くから眺めるロンジェンさんの目は、まるで聖母のように温かく見えた事をよく覚えている。
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【逸れ龍と天地の神子】編、完