表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/119

108.まるで別人

 ナツキさんの顔を見てからの俺はマトモじゃなかった。ポロポロとひたすらに流れ出る涙と、とまらない嗚咽。まるで怖い夢を見てしまった子供のように、ナツキさんの負傷した左手を握り続けていた。



「おいサン、落ち着け!私は大丈夫だ!………それに、周りの人が見ているから手を繋ぎ続けるのはやめてくれ。少し恥ずかしい………」



 そう言って顔を赤らめているナツキさんだったが、正直言って今の俺の耳にはあまり入ってこない。俺はナツキさんへの申し訳なさと、自分への情けなさで頭が一杯なのだから。


 するとこの様子を見たリィベイが、面倒臭そうな顔で俺達に言い放つ。



姉様(ねえさま)、その泣いているバカ者を連れて街に戻っておいてください。ここは戦いを労う場所でも、悲しむ場所でもない。次を見据える場所です」

「あぁ分かっている。ほら行くぞサン、ここに居ては邪魔だそうだ」



 ナツキさんはそう言うと、俺の手を握ったままその場から離れ始めていた。だが後になって思い返せば、なぜかリィベイがナツキさんの事を”姉様”と呼び、敬語にもなっていた。明らかに逸れ龍討伐の間に二人の関係性に変化があった事が窺える。


 しかしなぜか俺はナツキさんの手を握ったまま、ポロポロと涙を流して立ち尽くしていたらしい。ハッキリ言ってしまうと、この辺りの記憶はほとんど覚えてはいなかった。ただナツキさんの腕に巻かれた少し赤い包帯の光景しか覚えておらず、そこからナツキさんが俺の手を引っ張ってシージェンの街へ戻ったそうだ。


 えーっと、介護かな?

 ちゃんと落ち着いたら謝らないとね。



「サン、大丈夫だ。私は生きているぞ。君も生きていてくれて良かった」

「はい………ナツキさんの手、温かいですね………」

「それは今言う事か?」

「分かりません。でも温かかったんで………」

「そ、そうか。相変わらず変わっているな、君は」



 徒歩で向かうには少しシージェンの街は遠かった。だが今の俺にとっては、それぐらいの距離が丁度良かったようだ。

 街に着く頃には俺の涙も止まり、ようやく落ち着きを取り戻し始める。その時に見たナツキさんの顔は、少し安堵の表情にも見えたような気がしている。



 スザク大陸の日が沈むと、山峡(やまかい)に並ぶシージェンの繁華街は徐々に暗闇へと包まれていく。本来ならこの時間帯から街灯や店の明かりが灯り始め、山峡は夜の姿へと変わっていくはずなのだが、今夜は少し違うようだ。



「黒いな………」



 俺の隣でそう呟いたのは、山峡に並ぶ店を見上げていたナツキさんだった。だが確かに彼女の言う通り、明らかに繁華街の景色は黒かった。


 ”暗い”ではない、”黒い”のだ。


 そう、それはまるで街が()に服しているよな光景。いつもなら赤くギラギラと輝いている明かりも、今日だけは黒い炎を灯している。ハッキリ言って不気味と言う他ない。



「すごいな、街全体で逸れ龍を弔うのか」



 そう呟いた俺。実は今夜、俺達夫婦は穿天様に誘われて会食をする事になっていた。だが街の様子を見る限り、どうやら楽しい宴という訳ではなさそうだ。

 きっとこれは今日ナツキさん達が討伐した逸れ龍、つまり穿天様の息子・ツァンツィーと呼ばれていた龍族を弔う為の準備。以前俺が雷光龍を討伐した時は、夜になる前に帰ってしまった。もしかしたらあの雷光龍討伐の後にも、このような黒い街並みに変わっていたのだろうか?


 なにはともあれ、俺達は異様な空気を肌で感じながら穿天様の待つ龍宮城へと向かっていた。



「お待ちしておりましたナツキ・リード様、サン・ベネット様。奥で龍神王がお待ちです」



 相変わらず大きな鉄扉を抜けた先では、受付をする女が数人立っていた。見たところサキュバスのようだが、今回ばかりは俺を誘惑するような事はしてこない。彼女達もまた喪に服し、普段は大袈裟に出している肌色も今日はほとんど見えないようにして黒い衣服に身を包んでいた。



「残念そうだなサン。薄着のサキュバスが見たかったんじゃないか?」

「そんな事……………ありませんよ」

「謎の間があったな。即答出来ないのが答えだ」

「イジメないでくださいナツキさん。また泣きますよ?」

「大人がする脅しとは思えんな。………ほら、戯言を言っている内に着いたぞ」



 そう言ってナツキさんが指差した先には、相変わらず翡翠色と紅色が美しく映えている”龍宮城”が見えてきていた。相変わらず横長に伸びる大きな城は、まるで壁のように俺達に威圧感を与えてくる。


 さらにその入り口に立っていたのは、俺達がシージェンに来て最初に会った緑髪の龍族・スンチェンと、赤髪のチビ・リィベイだった。この二人も先ほどのサキュバス同様、これまで見てきた衣服とは違う黒い装束を身に纏っていた。


 それにしても相変わらず圧の強い魔力を持つ二人だ。今は比較的落ち着いているが、やはり何度見てもこの強大な魔力には慣れない。

 しかしそんな魔力を持つリィベイだが、ナツキさんの顔を見た途端に険しい表情をパッと変える。


 その顔はまさに”羨望”に近いかもしれない。



「姉様、ご足労いただきありがとうございます。わたくしリィベイ、首を長くして待っておりました」

「数時間前まで一緒に戦っていただろう。長くするほどの時間は経っていない」

「とんでもございません。姉様の鮮やかな戦いぶりを見た私は、一秒でも早く姉様に戦いの極意をお聞きしたかったのですから」

「はぁ、また厄介なのが増えてしまったな………」



 ちょっと待て。どうなってるんだこの状況。俺達に対してずっと敵対感情を剥き出しにしていたはずのリィベイが、やたらナツキさんに懐いていないか?

 おかしいおかしい、脳みそが壊れてしまいそうなぐらいの衝撃を受けている。一体俺がいない間に何が起こったっていうんだ!?



「ナナ、ナツキさん、こ、この状況は一体?」

「あぁ、それがだな………」



 少し呆れた顔で俺に事情を説明しようとしたナツキさん。もちろんこの呆れ顔は、俺ではなくリィベイに向けられたモノだ。

 しかしその説明が始まる前に、リィベイの横に立っているスンチェンが言い放つ。



「おい、これ以上穿天様を待たせる気か!?いいからとっとと中に入れ!そしてリィベイもこんな所で無駄話をするなっ!!」



 まるで緑髪が逆立つような勢いでスンチェンは叫んでいた。どうやらこの場において彼が一番真面目なようだ。

 するとそれを聞いたリィベイも、さも当然のように続ける。



「これ以上スンチェン叔父様を怒らせるわけにもいきません。さぁ姉様、その汚い泣き虫のグズなど置いて私と共に穿天様の所へ行きましょう」



 そう言ってナツキさんに手を伸ばすリィベイ。

 ………コ、コイツ、隙があったら殺してやりたい。。。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ