106.過去と今の真実
「それでは神子様、お元気で」
穿天様の大きな大きな頭の上に乗った俺とダオタオは、天空展地の大地で手を振る平和の神子に向かって頭を下げていた。
とはいえ、まだこれが現実という事は信じられない。
実は戦艦・龍宮ノ遣が攻撃された時に俺は死んでいて、今見ている状況は全て空想なのではないか?とすら疑っている。
だが本当に死んでいたとしたら、そもそも空想すらできないはずだ。この穿天様から伝わってくる膨大な魔力と、体温。
それらが今起きている全てが現実なのだと実感させてくれていた。
「二人も元気でなぁ!サンはちゃんと料理を用意しておくのじゃぞー!!」
「もちろんです!ただ準備が必要なので、いつ来るのか先に言ってもらえると助かりまーす!」
「いつじゃと?うーん………まぁお主が望んだ時に行くとしよう。ワシはいつでもここから見ておるしな!」
「分かりました。僕も楽しみにしてますね!」
「うむっ!またのぉ」
こうして神子様と別れの挨拶を終えた俺たちは、ゆっくりと動き出した穿天様の頭に掴まっていた。さすがに真の姿になった穿天様からすれば、俺たちはハエのような小さな生き物だ。動きにもかなり気を遣ってくれているように見える。
「しっかり掴まってろよお前らぁ!振り落とされても知らんぞぉ!!」
その声と共に方向を転換する穿天様。そして長い体をウネウネと動かしながら、とうとう天空展地を後にするのだった。
どうやら穿天様と平和の神子は知り合いだったようだが、最初の挨拶以降、特別に何か会話を交わすような事はなかった。仲が悪いって訳では無さそうだったが、謎の緊張感があったのも事実だ。
まぁ二人とも人間なんかとは別の次元に生きているような生物だ。俺がいくら考えた所で、彼ら彼女らの考えは一生分からないんだろうな。
俺はドンドンと小さくなっていく天空展地を見つめながら、穿天様にシッカリと掴まる事しか出来なかった。
◇
「ふむ、やはり面白いヤツじゃったのサン・ベネット。久しぶりに話したのがヤツで良かった。
………じゃがお主の人生はここからが本番じゃ。最初の転生者の内の一人・翁原信綱の息子として、残りの人生をどう歩むのか見させてもらうからのぉ」
────
穿天様に掴まりながら、俺は重要な事を思い出していた。
そう、逸れ龍の討伐の件だ。
”天空展地と平和の神子”
これらが衝撃的すぎた影響なのか、すっかり大事なメインイベントを忘れてしまっていたようだ。
「穿天様っ!!地上の逸れ龍の討伐はどうなったのですか!?」
俺は大きな声で穿天様に問いかける。
正直風の音でほとんどかき消されているような状況だったが、幸い穿天様の耳には何とか届いたようだ。
「あぁん?逸れ龍だぁ!?アイツの討伐はもう終わっとるわぁ!!リィベイは任務を失敗するようなタマでは無いからなぁ」
「終わった………?ナツキさんはどうですか!?ケガはしてないですよねっっ!?」
「ナツキィ??あぁ、ナツキかぁ………」
するとしばらくの時間、風を切る音だけしか聞こえなくなった。
なぜか穿天様が黙り込んだのだ。
おい、待ってくれよ。このタイミングで黙るのはやめてくれよ。
ナツキさんに何かあったっていうのか!?
「おい、穿天様。何があったんだ………。ナツキさんに何があったんですかっ!?」
思わずタメ口を使っていた事に気付いた俺は、すぐに敬語で問いかけ直す。
とはいえ敬語でも語気が強くなっていたので、おそらく敬いの気持ちなどは伝わっていないだろう。
そして穿天様は俺の質問に対し、ようやく口を開く。
「落ち着けぇサン!ナツキは死んでおらん。だが無傷ではない、それだけの話じゃぁ」
「ナツキさんが無傷じゃない………!?あの身体硬化スキルを解放しているナツキさんが!?」
「スキルなんざぁ関係ない。今回の逸れ龍はワシの息子・ツァンツィーだぞ。孫のリィベイ含め、無傷で勝とうなんざハナから無理な戦いだろぉ」
逸れ龍は穿天様の………息子!?
そうか、そうだったのか。今ここで初めて知った。
どうりで穿天様の娘であり、リィベイの母でもあるロンジェンさんが「過去最強の逸れ龍」と言っていた訳だ。
そしてその時に少し悲しそうな表情を浮かべていたのも、実の兄弟だからだったのだろう。
遠距離から龍宮ノ遣の大龍防護壁を砕いた高火力の一撃を放てたのも、穿天様の血を濃く引く龍と考えれば合点がいく。
つまり俺は最愛の妻ナツキさんを、危険で強大な龍族相手に向かわせた夫という事なんだ。
なんだか心臓が痛くなってきた。
「穿天様、少しスピードを上げていただけますか!」
「あぁん?ワシに命令するとはいい度胸だなぁ!?だが奇遇だな、ワシもスピードを上げようと思っておった所だ。しっかり掴まっておけ人間どもぉ!!」
分厚い雲を抜けた俺たちは、空を駆けるスピードを上げた穿天様と共に地上へと舞い戻っていくのだった。