100.天空展地
ダオタオの操縦する小型飛行艇は、なんとか安定を取り戻していた。
とはいえ長時間この高さを飛ぶようには設計されていないらしい。少しでも早く地上へと戻らなければ。
「ダオタオ、少しずつ高度を下げていってくれ。そもそも燃料は持ちそうか?」
「………ギリギリだと思います。だけど諦めませんよ僕は。絶対に三人とも生きて地上に帰ります!」
そう言ってダオタオはハンドルを強く握り直しているのだった。
そんな事を言われてしまっては、俺もダオタオの父親の救命措置を止めるわけにもいかない。
過去に戦場において沢山の死体を見てきた俺は、すでに親父さんが手遅れだって事には気付いている。
だがここでダオタオに向かって”親父さんはもう無理だ”なんて言ったら、それこそ操縦するような精神状態ではなくなってしまうかもしれない。
俺は今まで感じた事のない心情を抱えながら、狭い飛行艇の中で最善を尽くすのだった。
◇
しかし異変はスグにやってくる。
突如飛行艇が、進路をグッと変え始めたのだ。
もちろん最初はダオタオの操作かと思ったが、彼の様子を見る限り少し様子がおかしい。
「あれ………おかしいな………」
「どうしたんだダオタオ?」
「いや、なんか………ハンドルが勝手に動く瞬間が増えてきて………」
「おいおい、故障か何かか?」
「いや、分かりません。とにかくこのまま高度を………って、うわぁああ!!」
突然ダオタオが叫んでからは、もはや一瞬の出来事だった。
なんと順調に高度を下げながら進んでいた飛行艇が、突然右ナナメ上の方向へグンッと方向を変え始めたのだ!
「クソッ!ハンドルが………動かない!なんでこんな時に故障するんだよぉ!!」
「おいおいマジかよ。ダオタオ、どうするんだこの状況!!」
「そんなの分かりませんよ!!こんな訓練、受けた事ありませんからぁああ!!!」
そこからの二人は、ひたすらパニック状態に陥っていた。
操作のできなくなったハンドル。
徐々にではあるが、高度を上げ続ける飛行艇。
そもそも飛行艇がこの高さまで上がってきて、果たして人体は耐えられるのか!?
もう雲はとっくの前に超えてしまっているんだぞ!?
「う、うぅ、頭が………」
「大丈夫かダオタオ!?うっ………」
頭痛を訴え始めるダオタオだったが、残念ながら俺も頭痛を感じ始めていた。
ズキズキと締め付けられるような、拷問のような痛みだ。
ダメだ、このままだと飛行艇に殺されてしまう。
だけど俺に飛行艇の知識なんてない。
おいおい、一体どうすればいいんだ!?
────だがそう絶望した矢先の出来事だった。
◇
「………あれ?サンさん、何か見えてきました」
「見えてきたって、こんな高さにあるのは雲ぐらいだろ………」
痛む頭に顔を歪めながら、俺はダオタオの見ている前方へと視線を移す。
一見白い雲と青い空しか映っていないように見えたが、俺もスグに違和感に気付く。
「あれって、大地………だよな?」
思わず俺は呟いていた。
あぁ、そうか。きっと高度が上がりすぎたことによって、幻覚が見え始めたのだろう。
いよいよ俺たちにも死が間近に迫ってきているという合図に違いない。
「ダオタオ、幻覚だ。なんとかして高度を下げないと、取り返しのつかないことに………」
だが俺の言葉に対して、ダオタオは反応を見せてはくれなかった。
それどころか、むしろ別の事に気付いた様子だ。
「サンさん、ハンドルが動きます!動くようになりました!こうなったら、あの大地のような所に着陸しましょう!!そこで親父の治療と、飛行艇のメンテナンスが出来ればいいんじゃないですか!!?」
「いや、だからアレは幻覚………」
だがダオタオは聞く耳を持たなかった。
動くようになったハンドルを握りしめ、前方に広がる広大な大地を目指して操縦を再開していたのだ。
あぁ、もうおしまいだ。
あの幻覚の大地をすり抜けて、急降下と共に俺たちは死んでいくんだ。
もっとナツキさんと話したい事が沢山あったのに、こんな死に方をするなんてな。
「サンさん、着陸しますよ!衝撃に備えて、しっかり掴まってくださいっっ!!」
「あぁもう!好きにしろ!!着陸できるモンなら、やってみろ!!」
俺はグッと目を細め、そして歯を食いしばる。
どうせ衝撃なんて来ないだろうが、念のために備えだけはしておくのだ。
ダオタオよ、頼むから幻覚だと気付いた後に気絶とかしないでくれよ?
俺の命は、お前のハンドルだけにかかっている。
「よし、この角度でイケるっ!!せーのっ」
そしてとうとう、俺たちの飛行艇は幻覚の大地をすり抜け………
【ドンッ!!ガガガガガッガッッッ!!!!】
え?え?え?
体に衝撃が来た。
飛行艇が地面に着陸したとしか思えない衝撃が、下の方から間違いなく来た。
俺が細めていた目を開くと、そこに広がっていたのは………。
「よし!よし!着陸成功ですサンさんっ!!このまま減速していきますよ」
黒く何も生えていない殺風景な大地に、間違いなく飛行艇が着陸していたのだ!
だが地面がデコボコとしているせいか、かなり揺れている。
しかしその揺れこそが、ココが本当に存在する大地なのだという事を、俺の肉体にシッカリと感じさせてくれていた。
「よし、止まりました!着陸成功ですよサンさん!!それにしても信じられないです、こんな上空に地表があるなんて」
「あぁ、本当に………一体ココはなんだ?」
俺たちは停止した飛行艇に乗りながら、辺りを見渡す。
周りには白い雲と、頭上に広がる青い空。
それら以外には、ひたすらに何も無い黒い岩肌が広がっているだけだった。
岩肌は数百メートル先まで伸びており、その先は崖になっているように見える。
もしかしてここは、地表から伸びる山の山頂とかだろうか?
いや、チーリン山脈がここまで高いなんて話は聞いた事がない。
そしてチーリン山脈よりも高い山があるという話も、聞いた事がない。
つまりここは、上空にしか存在しない土地………ってことか!?
「どうしますかサンさん?降りても大丈夫ですよね?」
「あぁ………見た所危険は無さそうだが、まず俺から降りるよ」
そう言って俺は頭部につけていたヘルメットを外し、そのまま小型飛行艇から飛び降りる。
一応は着陸できているんだ。実はこの地表は幻覚で、俺が空から落ちていくなんて事はないだろう。
【タンッ】
そして予想通り、俺は間違いなく固い地面へと両足をついていた。
見た目通り固く、ボコボコとした黒い地表。
地上ではあまり見た事のない質感だな。
「よし大丈夫そうだ。ダオタオ、まずは親父さんの体をこっちに」
とりあえず周りの安全を確認した俺は、飛行艇から俺を眺めているダオタオに対して指示を出す。
さすがに親父さんの体を飛行艇に置いておくわけにもいかないからな。
俺は冷たくダランと脱力した親父さんを受け取り、そのまま地面へと優しく寝かせる。
飛行艇から降りてきたダオタオも、心配そうに親父さんの肩を叩いている。
さて、ここからどうするのが最善か、頭をフル回転させないとな………。
(おや、また珍しいのが来たもんじゃな)
「ん?何か言ったかダオタオ?」
「は、はい?サンさんが何か言いましたよね?」
「いやいや、俺は何も………」
(話しとるのはワシじゃよ人間たち。この天空展地に導かれたんじゃ、何かを強く願ったんじゃろう?)
「ほら、やっぱり聞こえる!!」
「僕も聞こえました!しかも少女みたいな声です!」
その瞬間、俺はいつものクセで左腰へと手を回す。
だが知っての通り、今の俺に刀はない。ただの丸腰の元冒険者だ。
「クソ、今襲われたらどうしようもないぞ!?」
得体の知れない少女の声は、俺たちの脳内に強く響いていた………。