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98. 大龍防護壁

 大龍防護壁(たいりゅうぼうごへき)が砕かれたのは本当に、本当に一瞬の事だった。


 思い返せば攻撃が来る直前に、リィベイが何かを叫んでいたような気はする。

 だがそこから1秒とたたずに龍宮ノ遣(りゅうぐうのつかい)は謎の攻撃を受け、そして今もゆっくりと墜落し続けているのだ。



 ちなみに後になって知ったのだが、この謎の攻撃の正体は”切薙烈光(せつなれっこう)”と呼ばれる、一部の龍族にしか使えない固有ブレスだった。


 だがもちろん大龍防護壁は、この切薙烈光すらも容易に弾けるように設計されている。

 つまり先ほど俺たちに向かって放たれた切薙烈光の威力は、想定されていた威力を遥かに凌駕していたという事だ。


 間違いなく危険度SSランクに匹敵する龍から放たれたとしか思われない、とてつもない貫通力と破壊力を持った攻撃。

 ハッキリ言って、肉体に直撃していたら100パーセント即死だっただろうな。

 俺たちは間違いなく、死の淵を歩かされている。



 だがそんな攻撃を受けた龍宮ノ遣だが、幸い龍神術の焔があるおかげか、とてつもないスピードで墜落する事はなかった。

 まるで水の中で大破したように、ゆっくりと空中で分解しながら落ちていっている。


 だが墜落している事に変わりはない。

 もはや真っ二つに近い形で大破した龍宮ノ遣は、パニックで叫ぶ冒険者や乗務員達を乗せながら絶望の底へと沈む準備をしているすぎない。



 ちなみに俺も、ここまでに起こった事を頭では冷静に理解している。

 だが決して焦っていない訳ではなかった。


 まず大前提として、このまま沈んで死んでしまうのでは?という恐怖。

 次にあの大龍防護壁を一撃で砕いた強力な攻撃が、再び来るのでは?という恐怖。

 そして何より、二度とナツキさんに会えなくなってしまうというのでは?という恐怖。


 どれもが重大で、どれもが常に起こりうる可能性が高い恐怖だった。



「ナツキさん!ナツキさんっ!!」



 俺は割れる甲板の上で離れ離れになっていくナツキさんに、手を伸ばしながら叫んでいた。

 だが徐々に甲板もナナメの方向を向き始め、地面に引き摺り込むような重力が俺たちの体を襲っている。


 ヤバい、本当にヤバい。

 この足場がなくなったら、本当に終わりだ。

 この雲の上の高さから落ちてしまえば、いくら魔力で肉体強化をしていても即死してしまうのは間違い無いだろう。


【ガガガガガガッッギギギギギィー………ゴゴッガガァン!!!】


 船の裂ける音が鼓膜を激しく揺らす。

 ダメだ、焦るな。落ち着け落ち着け落ち着け。


 ナツキさんが掴まっている方の甲板が、俺の居る甲板よりも大きくナナメになっていて体勢を整えにくい。

 ならまずは、俺がナツキさんの所にジャンプして助けに行った後、再びこっちに飛び移る。

 よし、それでいこう。


 それでそれで………でも助けに行った後にジャンプできる保証はあるのか?


 いや、こんなリスクを考えている時間が勿体無い。

 ここで躊躇ってナツキさんを見捨てるような奴が、ナツキさんの旦那名乗れるなんて思うなよクソ野郎。

 命をかけて、命を守れ。



「今行きます、ナツキさん!!」



 そう叫んだ俺は、いよいよ甲板を強く蹴って飛び出そうとした………。

 だがその直前だった。



「ベネットさぁあん!!!こっちに掴まってくださぁあい!!!」



 突如背後から聞こえた、若い男の声。

 スピーカーを使っているのだろう、かなり大きな声量である。


 そしてどうやら俺は、この声に聞き覚えがある。


 あぁそうだ、ダオタオだ。

 この龍宮ノ遣の艦長の息子であり、乗組員でもある真面目な青年ダオタオだ!


 しかも彼は、その父親の操縦する小型飛行艇に乗り、操縦席の後ろから俺に向かって手を伸ばしていた。

 まるで城に囚われた姫を助け出す王子様のようである。


 しかし俺とダオタオの距離は、約150m。たった150mだ

 何も考えず彼の手を取っていいのか?

 いや、そんなはずがない。


 俺は0.3秒の間に決断していた。

 助けるべきは俺じゃなく、ナツキさんだと。



「ダオタオッ!!俺じゃなく、そのままナツキさんを助けに行け!!この先の甲板にいるっ!!!」



 俺は床に右膝を付けながら、ナツキさんの方向を指差していた。

 うん、これで良い。もし俺がダオタオの手に掴まっていたら、その先にいるナツキさんを助け出す事は不可能だっただろう。


 あとは俺がどうやって生き残るか、それだけを考えて……………。



「サンッ!!こっちを見ろ!!」



 なぜかナツキさんの声が響いていた。

 いつもとは違う、かなり焦った様子が分かる声色だ。


 それに驚いた俺は、バッとナツキさんの方へと視線を移す。

 するとそこには、急な角度になっていく甲板にしがみつくナツキさんの姿があった。

 もう数秒すれば、きっとぶら下がるような体勢になってしまう程に緊急を要する状況だ。


 でもなぜ、このタイミングで俺の名前を呼んだのだろう?

 ………いや、ナツキさんの性格だ。

 きっと今から”俺が言って欲しくない事”を言うのは、容易に想像できた。



「君は逃げろ!私には刀がある、だから大丈夫だ!!」



 やっぱり、やっぱりだ。彼女は自分の身の安全よりも、俺の脱出を優先したのだ。

 かつての魔王討伐戦で仲間を見殺しにしてから、彼女は仲間を見捨てる事に酷く怯えている。

 そのトラウマのようなものが、この土壇場で出てしまったのだろう。


 確かにナツキさんは強い。俺が心配するのが烏滸(おこ)がましいほどに強い。

 だけど、それでも、俺は彼女の指示に対して安易に首をタテに振る事なんてできなかった。



 だけどこのままじゃ共倒れになってしまうのも事実なんだ。何か打開策を今ここで思いつけ、サン・ベネット!!

 クソクソクソッ!何でもいい。何か何か何か………。



「ベネットさん!早く手を伸ばしてください!こっちに掴まってください!!」


「サンッ!私を置いて早く逃げろっ!!!」



 双方から聞こえる、ダオタオとナツキさんの声。だが俺が決断を下せるような要素はまだ無い。

 ダメだ、脳みそがパンクする。だけどこのまま動けなくなってしまう最悪の事態だけは避けないと……………!



 ────だが、その直後だった。



【バリィバリィィィィイイイ!!!】



 突如辺り一体に響き渡った雷鳴のような、炸裂音のような、聞いたことのない爆音。

 その音の方向に視線を移すと、そこには赤と黒のオーラのようなモノが、まるで生き物のように宙に渦巻いていた。


 そして雲のように視認できる状態になったオーラの中から姿を表したのは、紛れもない“龍“。

 体長300mは優に超えているであろう、圧倒的な存在感を放つ赤黒いウロコの龍だったのだ。


 そして俺は瞬時に察する。

 あの龍の魔力は、ずっと近くに居た"彼のモノ"だという事に。



「リィベイ………!!?」



 そう、この世界の全てを支配できそうな程の魔力を放つ巨大な龍の正体は、紛れもないリィベイだったのだ!

 ウネウネと動く巨大な全身は、まるでそこに街があるのかと錯覚させるほどに広く、厚く、そして壮観だった。

 あの俺よりも背が低かったリィベイからは想像もできないほどに、今の彼は“畏怖“を具現化している。


 そして龍の姿になったリィベイは、大きな瞳をギョロッと動かしこちらの方向を見る。


 “もしかして俺たちは殺されるのか?“


 そう覚悟してしまうほどの圧力。

 まるで時間の流れがゆっくりに感じるような瞬間だった。


 だがもちろん、今の彼に殺意はない。

 あくまでも今出来る最善の行動を俺たちに指示するのだった。



「赤髪の女ぁ!私の背中に乗れぇぇ!!このまま逸れ龍の頭を潰しに行く、着いてこいぃぃい!!そしてサン・ベネットはそのまま離脱して地上に戻っておけぇ!戦えないやつは不要だぁぁっっ!!」



 一瞬、俺の頭は真っ白になる。

 だってリィベイは、俺に向かって“ナツキさんを置いていけ“と指示を出したんだぞ?

 そんな事できる訳が………。



 いや、違う。違うだろ。もうできるできないの段階じゃないんだ。


 既に無敵と思われていた防護壁が破られ、龍宮ノ遣は沈没の一途を辿っている。

 なのに俺は、武器の一つも持っていない、丸腰の元冒険者。

 あぁ、分かってる。俺が足手纏いでしかないって事なんて、ずっと分かっていたよ。


 だけどそれを認めることは、ナツキさんを失望させてしまう事だと思っている。

 だから俺は、目を背けていたんだ。


 でももう、そんな事は言ってられない。

 分かってるよリィベイ、間違いなくお前が正しいって事は。


 だからせめて、これだけは言わして欲しい。

 情けない男の願い事だ。



「リィベイッッ!!ナツキさんを………ナツキさんを頼んだぞ………!!!」



 その言葉に対して、リィベイは特に返事をする事は無かった。

 だが俺を見るその大きな目は、間違いなく覚悟の決まった目である事だけは間違いなかった。

 同じ男としてその目を見てしまったなら、もうヤツを信じる事しかできない。



 こうして俺は、間近に迫ったダオタオの手を掴んで離脱。

 そしてナツキさんはギリギリの所でリィベイの頭部へと飛び移っていた。

 ちなみにあのモフモフ白虎も、どうやらリィベイの背中に跳び乗っていたようだ。


 (大丈夫、これが最後の別れになんてなるはずがない)


 俺は凄まじい速度で遠く離れていくナツキさん達の背中を見て、そう強く心に言い聞かせているのだった。


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