97.余興
そこからの戦いは、まるで祭りのようだった。
複数体で現れる逸れ龍に対して、船上に集められた冒険者達が様々な方法で攻撃を繰り出していくのだ。
小型飛行艇から飛び出し、肉体のみで戦う者。
あるいは甲板やサイドのステージから魔法を放ち、遠距離攻撃をする者。
ちなみに大きなモフモフ白虎に関しては、龍の背中を跳び回りながら軽快に攻撃を繰り出していた。
それぞれの得意な戦闘スタイルで、それぞれ龍の素材を奪い合い、そして船に集め合う。
まさに逸れ龍討伐では恒例の景色である。
だがそれらとは違って、甲板で一切動かない者もいた。
それこそ龍神王・穿天様の孫であり、この船の運航責任者でもある龍族・リィベイだ。
「………………」
彼は腕を組みながら仁王立ちをして、ピクリとも動かない。
ただ船の周りで繰り広げられる逸れ龍との戦いを、一歩引いた目線で観察しているように見えた。
………だがしかし、かくいう俺もリィベイ同様に何もしていなかった。
なにせ武器を持っていないのだ。
船首付近で戦うナツキさんの背中を見て、”頑張って~”と声援を送る事しかできていない。
どうやら俺は、なにかしら役に立てるだろうと慢心していたようだ。
実際に戦いが始まってしまうと、小型飛行艇にも乗っていない素手だけの俺は、ただの役立たず同然なのに。
「する事がなくなってしまったな………」
誰にも聞こえないような声でボソリと呟く俺。
今の俺は、もはや呼吸をするだけの哀れな生物。
この悲しい現実を受け止めるには、少しだけ時間が必要な気がした………。
◇
「あぁ?逸れ龍はコレで終わりかぁあ!?もっと強いのがいるって聞いてたんだけどなぁ?」
飛行艇での戦闘から帰ってきた一人の冒険者が、甲板の上で言い放っている。
どうやら目視できる範囲にいる逸れ龍の討伐は、見事に完了したようだ。
そんな彼ら彼女らだが、それぞれの戦果である龍の素材を持ち帰り、ドサドサと山のように甲板へと積み上げていた。
ちなみにこれらの素材の全ては、この戦いが終わった後に山分けされる事になっている。
もちろん貢献度が高いほど多くの素材を持って帰る事ができ、その貢献度は船橋にいる龍宮ノ遣の乗組員や、リィベイの部下達によって決められる。
素材が欲しけりゃ活躍しろ。至極単純な話である。
ちなみに何の戦果も残せなかったクソ雑魚酸素消費人間ことサン・ベネットには、ウロコ一枚すら渡されないだろう。
ていうか、持って帰ろうとしたらリィベイに本気で殺される未来が目に見えている。
しかし問題はない。
なにせ今回はナツキさんが大活躍してくれたのだから!
「お疲れ様ですナツキさん!相変わらずの容赦の無さでしたね」
「当たり前だろう。防護壁があるとはいえ、船が襲われてしまったら墜落してしまうからな。近づかれる前に仕留める、当然のことだ」
そう言ってナツキさんは戦い終えた刀を鞘に収めていた。
………あれ?そういえば今更だけど、ナツキさんの刀って何で出来ているんだろう?
前から気になってはいたが、聞く機会を逃し続けて今日まで来てしまった。
刀の詳細を聞くぐらいなら、ナツキさん自身の事を少しでも多く知りたいと思ってしまうからだろうな。
「そういえば、ナツキさんの刀って何の素材で………」
俺は自然な流れで刀への疑問を口にしようとした。
だがしかし、俺はこの質問を終える前に言葉に詰まってしまう。
なぜなら何の前触れもなく、突然リィベイの方から”殺気”が溢れ出していたのだから!
【ゾワァアァ………】
思い出しただけで冷や汗が出始めるほどの、圧倒的な殺意。
この瞬間だけは、リィベイの事を”ただのチビ”だとは一切思えなくなってしまう。
「アイツいきなり殺気出しやがって、何事だ!?」
そう呟いた俺は、相変わらず仁王立ちをしているリィベイの方に視線を移す。
すると想像通り、リィベイの顔はヒドく険しい表情へと変わっていた。
周りの一部の冒険者に関しては、もはや立っていられなくなっている程の魔力と殺気。
こんな迷惑な殺気を撒き散らして、一体何が目的………
「………ハッ!?」
あぁなるほど、そう言う事か。
突然俺の背中に走った悪寒で、ようやく気付く事が出来た。
「ナツキさん、この雲の先は危険です」
「今更怖くなったのかサン?ここからが本番だろう」
あぁ、やっぱりそうなるよね………。
ちなみに俺が気付いたのは、この船が進む先にある”生物から発されているとは思えない程に禍々しい魔力”だった。
だがナツキさんがその魔力を感じて臆する事など、あろうはずが無い。
どうやら本命の逸れ龍は、この先に居るようだ。
「総員、戦闘配置に着き直せ。戦いは始まってすらいないぞ」
すると淡々としたリィベイの号令によって、再び船上に緊張が走っていた。
どうやらここまでリィベイが動こうとしなかったのは、そもそも本命の逸れ龍にすら辿り着いていなかったからのようだ。
さぁ、いよいよ過去最強と呼ばれる逸れ龍との邂逅。
正直俺の手は震えているが、何とか少しでも戦いに貢献できるようにしたい。
俺は、そう、思っていた。
────戦艦・龍宮ノ遣を囲む大龍防護壁が、たった一度の攻撃で破られるまでは………。