95.懐かれるナツキ
遥か上からの目線で、俺たちに命令を下していたリィベイ。
この船上には、各国の優秀な冒険者だけしかいないにも関わらず、何とも余裕な様子である。
「ふーん、さすがは穿天様の孫だ。相変わらず生意気なチビのくせにねぇ。ああいうのどう思いますナツキさん?」
俺は後ろに立っているナツキさんに対して、冗談半分に話を振る。
まぁまぁ、この緊迫し始めた状況でこそ、あえて雑談をするのが大切だ。
変に緊張して固くなってしまうと、普段の力を出せなくなってしまうからな。
ここは美しい赤髪の美人妻と話して、少しでも目と心の保養をしておこう。
……………などと気楽に考えていた、そんな矢先だった。
【ガウガウッッ!バゥゥウウ!!】
「ナ、ナツキさん!?!?」
まただ!白虎だ!!
穿天様の正殿でもナツキさんに飛びかかっていた、あのデカいモフモフの白虎だ!
「クソ、またお前かっ!!離れろっ!!」
自分の顔を舐めようとしてくる白虎に対し、必死で抵抗しているナツキさん。
だがナツキさんの腕力を持ってしても、この体長2mを超えるであろう白虎は離れなかった。
前回同様、息を荒げながらナツキさんの顔を舐めようと必死に襲いかかって?いるのだ。
「サン、助けてくれ!私だけの力ではどうにもならんっ!!」
「は、はい。おい、大人しくして離れろ!!……………え、待って。コイツ凄いモフモフしてるぅぅ」
「おいサン!なぜ白虎の背中に抱きついて目を閉じているんだ!?早く引き剥がしてくれッッ!」
もはや近くにいた冒険者達も、俺たちが巻き起こす謎の状況に困惑していた。
文字通り”何だコイツら………?”という視線が痛い。
だがそんな事など露知らず、冒険者や乗組員に対して変わらず淡々と語り続けているのは、リィベイだった。
俺たちからそこそこ離れた高台に立ち、まるで政治家のようにベラベラと演説をしている。
「元々はヤツらも、誇り高き龍族だった。だが穿天様は偉大すぎる。強烈な光が、真っ黒な闇を生んでしまう事もあるのだ。しかし私は………」
「やめろ、メイクが落ちると言っているだろう白虎め!!」
「あぁ、めっちゃモフモフ。ここで昼寝したいぃぃ」
「この龍宮ノ遣に乗った時点で、貴様らは冒険者ではなく我々の駒だ。もし私の指示に従えないのなら………」
「あぁ、ヨダレを垂らしおったぞこの白虎め!離れんかっ!!」
「やばい、お布団みたいな匂いするぅぅ。余裕で寝れるわぁぁ」
「いいか、これから貴様らは命をかけて……………
ちょっと待て、もうさすがに我慢できん………!!!」
とうとう自己満足の演説を止めてしまったリィベイ。
そして高台の上から俺たち夫婦を睨みつけ、勢いよく怒声を浴びせてくるのだった。
「おい!そこのバカ二人とバカ一匹ぃ!!少しは静かにできんのかぁ!!?私が戦いの覚悟を語っている最中だぞ!それにここはもう、危険空域だと言っているだろうがぁぁ!!!」
その声に驚いた前方の冒険者達も、一斉に俺たちの方向へと視線を移す。
だがその視線の先には、相変わらず白虎と戯れる俺たち夫婦の姿があるのだった。
まぁ厳密には、戯れていると思っているのは白虎だけだろうが………。
「クソ、結局またあの二人か………穿天様への失礼な態度だけでは飽き足らず、この神聖な龍宮ノ遣の船上においても無礼を働きおってぇ!!」
三日前の正殿での出来事と同様に、俺たちに対して怒り狂っている様子のリィベイ。
もはやその姿に、先ほどまでの威厳は存在していなかった。
あえて言うならば、頻繁に騒ぎを起こす大人達にキレてばかりの真面目な少年って感じだ。
まぁ、アイツはチビのくせに態度も頭も硬すぎる。
あれこそ身長相応の態度って感じだし、これからも子供っぽい所を引き出してやりたいな。
「おい、アイツらを船から捨ててしまえ!いるだけ邪魔だっっ!!」
だが俺の謎の親心とは裏腹に、リィベイは自身の部下達に対して命令を下していた。
俺たちを無理やり船から下ろすという、何ともシンプルかつ横暴かつ確実な対処法だ。
「……………ハッ!マズイですよナツキさん。俺たち船から捨てられちゃいます!」
白虎のモフモフの体毛から顔を上げた俺は、改めて今置かれている状況を理解する。
早く白虎を引き剥がさなければ、逸れ龍の素材どころか、逸れ龍に会う事すら出来なくなってしまう!
とりあえず何百キロもありそうな白虎の逞しい腰元に手を回し、なんとか魔力による肉体強化を使って持ち上げる事にした。
さすがに白虎自身も本気で持ち上げられるとは思っていなかったのか、”ガァウゥ!?”と動揺の鳴き声をあげている。
「よし良いぞサン!私が脱出するまで、そのまま持ち上げておけ!」
そしてようやく白虎のプレスから解放されたナツキさんも、モゾモゾと船の甲板を這いながら脱出を試みている。
なんだこの生き物、可愛すぎるだろ。
………いやいや、そんな事を言っている場合ではない!
とりあえずこのまま、迫り来る黒マントのリィベイの部下達から逃げなければっ!
────だがそう思考した、次の瞬間だった。
【前方約2キロ先、龍の反応!総数五体!!大龍防護壁、展開しますっ!!】
リィベイより遥か上、艦橋のスピーカーから声が響いていた!
どうやらレーダーに逸れ龍と思われる影が映ったらしい。
これは正直、ナイスタイミングとしか言いようがないっ!
これで俺たちを船から下ろすという命令が”うやむや”になるからね!
事実それを証明するかのように、リィベイは新たな指示を出す。
「クソ、もういい。………総員、戦闘配置につけぇ!!冒険者共は外に飛ばされないよう、しっかりと何かに掴まっておけっ!さぁ仕事の時間だ、思う存分踊れッッ!!!」
そしてリィベイは赤黒い羽を広げながら、片手をバッと勢いよく広げる。
どうやらカッコをつけて冒険者たちに指示を出しているようだ。
仕方ない、俺たちも逸れ龍の素材を集めに来た立場だ。
ここはヤツの指示に従って、思う存分狩らせてもらおう!!
………あれ?でもおかしいな。
逸れ龍が五体現れたって言ってたよな?
てっきり”強い一体”だけがいるのかと思ってたんだけど、そういうモノなのだろうか?
もっと事前に逸れ龍の詳細を聞いておくべきだったと、少しだけ反省する俺だった。